「よし。鍵も閉めたし、弁当も持ったし、行くか遠坂」
「………うん」
  遠坂、やけに元気がないな。さっきまでは、いたって普通だったのに。
「どうした?具合でも悪いのか?」
「誰が?」
「遠坂がだよ」
  というか、遠坂しか近くにいないだろ。
「えっ、わたし?平気に決まってるじゃない」
  やっぱりおかしい。
「それなら、悩みでもあるのか?」
「ないわよ」
「本当か?」
「しつこいわね。どうしてわたしが悩んでると思うのよ」
「さっきから遠坂、思い詰めた表情してるしさ、俺が話かけても上の空だから何かあるのかなと思って」
「うそ!わたし、そんな顔してた?」
  この反応は、やっぱり何かあるな。
「遠坂の返事がなによりの証拠だろ」
「やられた。今のは、ブラフだったって訳ね」
「確かに結果的にはそうだけど、遠坂の顔色がすぐれないのは変わらない」
「はぁ、アンタって朴念仁のくせしてこういうときだけ鋭いのよね」
  微妙に非難されてるよな。
「悪かったな、朴念仁で」
「それは士郎だし仕方がないわよ」
  む。少しは否定してほしい。
「それで、何を悩んでたんだ、遠坂?」
  俺の質問に驚いた表情をする遠坂。さてはさっきのやり取りで話を有耶無耶にしたつもりだったな。
「なんでもいいじゃない」
  その手には乗らないぞ。
「なんでもいいなら俺だってここまで質問しないよ。悩みごとがあるなら俺に聞かせてほしい。大切な人が目の前で悩んでいるのに黙って見ているだけなんて俺にはできない」
「なっ!だから本当に大したことないのよ」
  全く、強情だな遠坂は。
「わかったよ。そこまで、秘密にしたいなら聞かない。俺はただ、言いたかったことを言っただけだから気にしなくていい」
「……アンタ、言うようになったわね」
  どうやら、今回は俺が言い勝ったようだ。
「そうか?俺は遠坂と約束したことを実行したまでだけど」
  さっきのちょっとした仕返しも兼ねてだけどな。
「……はぁ、本当に悩みってほどのことでもないのよ。ただ少し緊張しているだけよ」
  遠坂の声と表情から察するに、今度は本当だろう。
「緊張?今日って何か緊張することあったか?」
  今日は始業式だということを除いたら、普段と大して変わらないと思うんだが。
「知らないわよ」
  どうやらこれ以上は自分で考えろということらしい。
「遠坂が緊張するなんてな。少し驚きだ」
  俺がそう言うと、遠坂はあきれ顔で俺を見つめた。
「わたしは平然としていられるアンタの方が不思議よ」
「なんでさ?」
「……はぁ。士郎を見てたら、なんだか自分が馬鹿らしく思えてきたわ」
  俺が何かしたのだろうか?
「そんな惚けた顔してないで、早く行くわよ、士郎」
  遠坂の機嫌はよくなったみたいだが、何が何だかさっぱり分からない。
「ほら、早く行きましょ」
  まぁ、学校に着けば分かることだろうから今気にしてもしょうがないか。
「よし。行きますか」
  俺は差し出された遠坂の手をとって、桜舞散る穂群原学園へと歩を進めていった。

 

前へ 戻る 次へ

inserted by FC2 system