現在時刻は朝の6時半を回ったところ。俺は台所で、最近はもうすっかり定番になった洋風の朝食を作ろうとしているところなのだが………
 すぅ〜ふわぁ〜
 猫のパジャマを着たゾンビが現れた。
「……遠坂。はい、牛乳」
「ん。……ぷはぁ。生き返るわ」
  やはり死んでいたらしい。
「もういいかげん朝に慣れろよな遠坂」
  毎朝同じことを言っている気がするのだが、遠坂が朝に慣れる気配は一向にない。
「なによ。魔術の研究をするのは夜中が一番いいのよ。それにアンタ、昨夜はあんなに激しく……」
  ゾンビが悪魔に進化した。
「わかった。俺が悪かった。でもあまり無理するなよ」
「無理してないわよ。なんだかんだで五時間は寝てるし。それよりもアンタよ。昨日だってあの後また魔術の鍛練したでしょ」
「うっ。まぁ、そのなんだ。俺のことはどうでもいいんだって」
「よくないわよ。わたしの講義を受けているのに、その後にアンタの無茶苦茶な自主練をしたんじゃ、アンタいつか死ぬわよ」
 自主練したくらいで、死にゃしないだろ。
「いくら何でもそれは大げさだぞ。俺はただ、その日習ったことを復習しているだけだ」
「復習をするなら、わたしの見ているところでやりなさい。アンタがこのまま自主練を続けてアーチャーみたいになったらどうするのよ。髪が白くなったら、記憶が薄れていったら、口が悪くなっていったらどうするのよ。そんなことになったら、わたしは士郎を絶対に許さないわよ」
  俺だって、アーチャーみたいになるのは御免被りたい。
「いや……でもさ自主練くらいは……」
「駄目!絶対駄目!今後一切自主練禁止!!」
  おいおい………
「ちょっと待ってくれよ遠坂。俺は遠坂とロンドンに行って、迷惑をかけるのが嫌なんだ。だから、少しでも魔術を上達させてだな……」
「それで士郎が体を壊したら本末転倒でしょ。士郎がわたしのために頑張ってくれるのは嬉しいけど、倒れられたりでもしたら逆に迷惑よ」
 まぁ、遠坂が俺のことを気遣ってくれるのは嬉しいんだが…。
「だから、自主練は禁止!」
「いくらなんでもそれはないだろ!それに、遠坂は俺が遠坂の前で必ず魔術を行使しろというけど、いくら遠坂が俺の師匠とはいえ、魔術師としてはどうかと思うぞ。魔術っていうのは、人前で無闇に使っていいものじゃないだろ」
「えっ?」
  あれ?案外遠坂動揺してるな。
「士郎、わたしのことそんな風に思ってたんだ」
  ん?
「どういう意味だ?」
「士郎にとって所詮私は他人なんでしょ」
「なっ!」
「もういいわよ。士郎のことなんて知らない。自主練でも何でも勝手にしなさい!!」
  くそっ。なんてことを言ってんだ、俺は!!
「待ってくれ、遠坂!俺が悪かった」
「今更遅いわよ」
「それでも、俺が悪かったよ。この通りだ。ごめん」
「別に謝らなくったっていいわよ。士郎とわたしは赤の他人なんでしょ」
  そんな風に思ってるわけないだろ!!
「俺にとって遠坂は誰よりも大切な存在だ!俺にはもう遠坂のいない世界なんて考えられない!お前のことを愛している。この気持ちは未来永劫変わらない」
「ちょっ!何よ突然!」
「許してくれ遠坂。俺はお前のことを他人だなんて思ってない」
「わかったわよ。許してあげるわよ。その代わり自主練はやめなさい。どうしてもそれが嫌なら必ずわたしがいる所で自主練しなさい」
「……遠坂。わかった。自主練するときは必ず遠坂を呼ぶよ」
「絶対よ。わかってる?」
「ああ。」
「なら、誓いのキスをしなさい」
「はい?」
  遠坂今、とんでもないことを言わなかったか?
「…………」
 本気なのか?
「顔赤いぞ」
  自分で言って赤くなるなよ遠坂。
「アンタだって赤いじゃない」
  そりゃそうだろ。
「いくら遠坂が俺の恋人でも、キスするときは緊張するんだ」
「…わたしだってそうよ」
  そうつぶやく遠坂を俺は自分の胸に引き寄せた。そして、彼女の小さな唇に自分の唇を重ねた。
「んっ」
  目の前にいるのは、魔術師でも、学園の優等生でもない、俺を好きでいてくれる女の子としての遠坂凜だ。遠坂のこの顔を見れるのは俺だけだと思うと、本当に幸せな気持ちに満たされる。はたして俺はこんなにも幸せでいいのだろうか。俺なんかがこんなに…
「士郎?」
「どうした?」
「今、一瞬悲しい顔したでしょ」
 さすがに女性は鋭いな。
「いや、何でもないぞ」
「今、何を思ったか言いなさい」
  やっぱり誤魔化せないか。
「俺はこんなに幸せでいいのだろうかと思ってさ」
「やっぱりね。アンタの自虐ぶりは常軌を逸してるわ。幸せなら幸せに思えばいいのよ。むしろ士郎はずっと苦しんできたんだから幸せにならなきゃおかしいのよ。それに士郎の幸せはわたしの幸せでもあるの。わたしが幸せになるにはアンタがまず幸せになってくれなきゃ困るのよ」
  そうだよな。詳しくは教えてくれないけど遠坂はアーチャーに俺を最高に幸せにするって誓ったって言ってたもんな。
「なんか俺って、遠坂の重みになってるよな」
「なんでアンタはそういう考え方しかできないのよ。士郎がわたしに気を使えば使うほどわたしの気が重くなるってわからない?」
「わかった。遠坂が気を使わなくてもいいように発言には気をつけるよ」
「全然わかってないじゃない。士郎は言いたいことを言えばいいのよ。アンタはずっと一人で全てを背負ってきたんでしょ。でも、今はわたしがいるじゃない。わたしに全てをぶつけてきていいの」
「そうだな」
  俺はなんて幸せなんだろうな。俺は本当にこんなに………
「また同じこと思ったでしょ」
  うっ。図星です。
「そろそろ朝ご飯食べないとやばいんじゃないか?今何時だ、遠坂?」
「あからさまに話逸らしたわね。まぁいいわ。今は7時よ。少しまずいわね」
「うわっ、もうそんな時間か急いで飯作るから、少し待っていてくれ」
「とりあえずわたしは顔洗ってくるわ」
「わかった」

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