「まずはそうね、士郎が分かる範囲でいいから聖杯戦争について説明してちょうだい」
 聖杯戦争の説明か。俺は言峰教会でのアイツとの対話を反芻した。
「聖杯戦争とは、七人のマスターが七人のサーヴァントを召喚し、冬木に現れると言われる聖杯をめぐって殺し合いを行う儀式のことだ。七人のマスターは聖杯によって選定され、マスターは英霊と呼ばれる最高ランクの使い魔を降霊し、サーヴァントとして使役する。サーヴァントの召喚にはその英霊にまつわる聖遺物を触媒とする必要がある。マスターにはサーヴァントにに対する三つの絶対命令権“令呪”が与えられ、令呪が存在する限りマスターは聖杯戦争から逃れる術はない。……と、こんなところか」
「ええ。士郎にしては上出来よ。ただ所々が正式には間違っているわね。例えば、マスターを選定し、サーヴァント召喚のためのマナを集めているのは聖杯ではなくて、大聖杯と呼ばれるものなの。聖杯と大聖杯の何が違うかって言えば要するに、聖杯って言うのは望みを叶えるために一時的に必要なマナを集める器で、大聖杯っていうのは望みを実現するための術式、つまり聖杯戦争のシステムそのものってわけ」
 ちょっと待った、その話は初耳だ。
「つまり、聖杯とは別に大聖杯が存在しているってことか?」
「そういうことよ」
「遠坂、それってつまり………」
「あっ……」
 聖杯を壊しただけでは聖杯戦争は終わらないってことなんじゃないのか。
「大聖杯を破壊しない限り聖杯戦争が続くってことだよな」
「…………」
「どうしてこんな大事な話を、あのときにしなかったんだよ」
「しょうがないじゃない。大聖杯の役割は、サーヴァント召喚用のマナを集めることとマスターの選定を行うくらいのことしかないのよ。まさか誰も聖杯戦争の時に大聖杯のことなんて気にするようなヤツなんていないのよ」
「つまり、大聖杯の存在すらあのときは忘れていたと」
「…………」
 図星だな、これは。
「まぁ、済んでしまったことは仕方がないし、先のことを考えよう。今回の聖杯戦争で俺たちがやるべきことは、その大聖杯ってものを壊すことでいいんだな」
「……そういうことになるわね」
 待てよ、大聖杯のことを遠坂が知ってるってことは……
「もしかして、遠坂は大聖杯の在処を知っていたりしないか?」
「大聖杯の在処?……えっと、確か円蔵山の地下空洞にあるとかないとか」
「それを今すぐにでも壊しに行けばいいんじゃないのか?」
  遠坂は一瞬茫然自失といった表情をしたが、はっと正気に戻って答えた。
「それは無理ね。普段の大聖杯には、どんなに優秀な魔術師が何十人がかりでかかっても破れないよな結界が張ってあるのよ。到底わたしたちには破壊できっこないわ」
「そうか。でも遠坂は普段って言ったよな」
「ええ」
「それはどういう意味だ?」
「実は聖杯が起動しはじめると大聖杯も起動をはじめるの。そのときに結界があっては大聖杯と聖杯が影響し合うことができなくなるから、聖杯起動時のみ大聖杯の結界はなくなるのよ」
「つまり、聖杯起動時が大聖杯破壊の唯一のチャンスってわけか」
「ええ」
 聖杯の起動が大聖杯破壊の絶対条件となる。やはり、聖杯戦争で俺たちが勝ち残らなければならないということか。
「ところで、聖杯の起動って何体ぐらいのサーヴァントを倒せばいいんだ。やっぱり6体か?」
「いいえ、それなりのマナが聖杯に溜まれば聖杯は起動しはじめると思うわ。そうね、だいたい4体以上かしらね」
「4体か……。俺と遠坂のサーヴァントを除いて残るは5体。その内4体を倒せばいいというわけか」
「最低線がその辺りでしょうね。簡単にはいかないと思うわ」
「そうだな。まぁ、敵の強さにも依るけどな」
「その点なら、今回の聖杯戦争はわたしたちが有利かもしれないわね」
「なんでさ」
「前回の聖杯戦争と今回の聖杯戦争は間隔が短すぎるでしょ。それならば、マスターだって聖杯戦争の準備を整えることができない。それに前回の聖杯戦争でマスターだったイリアスフィール・葛木・エセ神父は死んでしまったし、慎二も聖杯戦争に参加できるほど体が回復していない。実質前回の聖杯戦争を経験しているのはわたしたちだけなのよ。よって、今回のマスターはわたしたちを除いて新参者である可能性が高い」
 確かに遠坂が言う通りになれば、俺たちは俄然有利な立場にいることになる。
「ただ、聖杯戦争は必ずしもそう上手くいくものでもない」
「ええ、その通りよ」
 前回の聖杯戦争、最後こそは帳尻を合わせることができたが、俺たちの予想することが的中することはほとんどなかった。自分たちが相手の裏をかこうとするならば、相手も然りというわけだ。戦争は騙し合いだと彼の孫子も説いているが、まさにその通りだと実感した。やるかやられるかの命を賭した戦いにおいて、一瞬の気の緩みが死に繋がりかねない。不測の事態に常に備える姿勢を忘れてはならないのである。
「ともかく俺たちはマスターに選ばれたんだから、相手が誰であれ全力で迎え撃つしかない。そのためにも万全の準備を整える必要があるな」
「そうね。しっかし、なんでこの時期に聖杯戦争が起こるのよ。今までの聖杯戦争は常に冬だったって父さんの手記には書いてあったし、本来の聖杯戦争の周期は60年なのよ。いったい何なの今回の聖杯戦争は、季節は春で前回の聖杯戦争が終わってから2ヶ月ぐらいしか経っていないじゃないの」
 そうだよな。あまりにも聖杯戦争が起こるにしては間隔が短すぎる。
「でも、第4次聖杯戦争と第5次聖杯戦争の間隔もたったの10年だろ。周期の話をするなら前回の聖杯戦争でとっくに狂いはじめてるんじゃないのか?」
「そういえばそうね……あのときわたしは周期が早まってラッキーとしか思わなかったけど……周期か。通常が60年、前回が10年、今回が2ヶ月。これもしかして…………」
 遠坂の表情が一層険しくなっていく。
「遠坂、何か分かったのか」
「……ええ。もしわたしが考えたことが正しいとすると、非常にまずい事態が起こってるかもしれないわ」
「説明してくれるか」
「少し待って、整理がついたらゆっくり説明するわ」
「わかった。それなら俺は弁当の用意をしてくるよ」
「ええ。お願い」

 

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