「セイバー、お前は一度あの丘に戻ったのか?」
「ええ。私の聖剣により聖杯を破壊した後、私はあの丘に戻りました。そして、最期を迎えようと思っていました。しかし、世界は私を許してくれようとはしなかった。刻は決して進むことなく、私はまたシロウに呼ばれて、この時代に来ました」
「そうか。しかし、セイバーも前回の聖杯戦争の記憶があるならば、もう聖杯は汚れてしまっていることを知っているはずだ。ならばお前は、何を求めてここに来た」
「シロウ、それは貴方であれば私に聞かなくても分かるはずだ。私は聖杯を破壊しに来ました」
 答えは分かっていた。しかし、それでは………
「それではお前が救われない」
 セイバーは、聖杯を手に入れない限り、英霊として世界に使役され続ける。それも、永遠に最期を迎えることなく。
「お前が聖杯を破壊するのは、自分で自分を苦しめるのと同じじゃないか。お前は、王として立派に国を治めてきた。しかし、最終的には国を滅ぼすことになってしまった。その責任を取って、お前は国のために自身を世界に捧げるという決意をした。そしてお前は俺たちの時代に呼ばれ、聖杯を手に入れるべく戦った。だが、お前が求めていた聖杯は既にアンリ・マユに汚染されていることが分かり、己の手で破壊することになった。それでも、お前はあの戦いを通して、俺とアーチャーの戦いを通して、気づいたんじゃないのか。自分は間違っていたと気づいたんじゃないのか。そうでなければ、いくら汚れた聖杯とはいえ、お前が聖杯を壊すわけがないだろう。セイバーは、聖杯を諦めて、前に進むことを選んだはずだ。それにもかかわらず、世界がお前を許さなかっただと。それに加え、お前は聖杯を破壊すべくこの時代に再び来ただと。……ふざけるな。なぜ今まで苦しみ続けてきたお前が、これ以上の苦しみを与えられなければならないんだ。そんなのおかしいだろ。お前が報われないなんて、そんなの間違ってる」
「……シロウ。貴方の気持ちは嬉しい。しかし、それでも私は聖杯を破壊する。私が聖杯を手に入れることよりも、貴方達の住むこの世界を守る方が大切ですから」
 前の俺なら、ここで黙ってしまったと思う。しかし、今の俺は違う。
「お前はそれでいいのか、セイバー?」
「え?」
「それで本当にいいのかと俺は聞いているんだ」
「はい。私は、貴方達の住む世界を守る。そのために聖杯を破壊することを躊躇うことはありません」
「そうか。ならば、今すぐ遠坂と契約をし直せ」
「………どういう意味だ」
 セイバーの口調が、男のように厳しいものとなる。それでも俺は怯まない。
「そのままの意味だ。そのほうが、この戦いを勝ち抜くためには効率的だ」
「ふざけるな。私を裏切るつもりか、シロウ!!」
「俺はお前を裏切ってなどいないはずだ。本来、聖杯を手に入れるべくマスターはサーヴァントと契約を結ぶ。しかし、お前は聖杯を破壊するためにこの戦いに望むのだろう?それならば、お前との契約は無効だ。守る必要もあるまい」
「何を言うか。私はシロウの剣としてこの聖杯戦争を戦い抜くと誓ったのだ。聖杯など関係ない」
「それならば尚更だ。別にお前が遠坂のサーヴァントになったって、俺の剣として戦えないわけではあるまい。それはセイバーの好きにすればいい」
「なぜそのようなことを言うのです、シロウ!!」
 セイバーは今までに見たことのないくらい激怒している。
「お前のことが大切だからだよ!!」
 セイバーは俺の言葉に呆気にとられ、立ちつくした。
「俺と遠坂にとって、お前は大切な存在なんだよ。そんなお前が俺たちのために自身を傷つけながら戦ってる姿を見て、嬉しいわけがないだろうが。お前もアーチャーを見て感じただろ。自己を犠牲にしてまで守護者となったにもかかわらず、後悔しか残っていない男の姿を見て、違和感を感じただろ。今のお前はアーチャーと何も変わらない。そんなヤツのマスターなんかに俺はなりたくない。アイツを思い出すのは御免だからな」
 今のセイバーを見ていると腹が立つ。自分のことなど諦めきって、他者の犠牲になることで自分を慰めているセイバーなど、俺が許せるはずがない。
「それならば、私はどうすればいいのですか!!」
 セイバーは顔を上げず、泣き声で叫ぶように俺に感情をぶつけた。
「それでいいんだ」
「……………」
「そうやって、俺に想いをぶつけてくれればいいんだ。俺に言えないことは、遠坂に言ってくれてもいい。ただお前が一人で辛い思いをする必要はないんだ。たとえ、お前の未来が絶望的であっても、まだ決定したわけじゃないだろう。それにもかかわらすお前はもう諦めてしまっている。それが許せないんだよ。お前は何の努力もしてないじゃないか。俺たちもお前に何にもしてあげていないじゃないか。それなのに諦めるのか。まだどうなるかも分からないのに、諦めてしまうのか。それは、間違ってる。少しでも可能性があるのならば、運命にだって抗うべきだろ。どんなに勝ち目のない戦いでも、戦いが終わるまで戦場を駆け抜けるのが騎士ってもんだろ。騎士王であるお前が、戦いを放棄していいのか。そんな王には、部下は失望するだろうな」
「……シロウ」
「王だけでは国は治められない。それは、セイバー自身が誰よりも知っているはずだ。信頼できる臣下がいてこそ、王は王たりうる。俺じゃあ役不足かもしれないが、セイバーが俺のことを信頼してくれていることを信じてるし、俺もお前を信頼してる。だから、少しは俺たちを頼れよ。なんでもかんでも自分一人で解決しようとするなよ。そんなの悲しいじゃないか。お前が俺の剣なら、俺はお前の鞘になるって思ってるんだからさ」

「シロウ。やはり私のマスターは貴方しかいない。剣と鞘は常に共にあるべきだ。私のマスターとして、この聖杯戦争に参加してくれませんか、シロウ」
「ああ。セイバーがセイバー自身のためにこの戦いに参加するって言うのだったら、俺は喜んでお前のマスターをやるよ」
「はい。まだシロウの言葉を全て受け入れられたわけではありませんが、私は私自身のためにこの戦いに参加する。そして、納得いく答えを見つけたいと思っています」
「分かった。それならば、改めて俺のサーヴァントとなってくれ、セイバー」
「喜んでお引き受けしましょう。マスター」
「……………」
「……………」
「遠坂が見てたら怒るだろうな」
「そうですね。凛がいたら怒るでしょうね」
「わたしはここにいるけど」
 俺たちの後ろには、宝石を構えた赤い悪魔が仁王立ちしていました。
「「………許してください」」
「謝るくらいなら、私の召喚の準備を手伝いなさいよ」
「「………はい」」

 

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