「問おう。貴方が、私のマスターか」
 闇を弾く声で、彼女は言った。
「ああ。俺が君のマスターだ、セイバー」
「召喚に従い参上した。これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある」
 俺は固唾を飲んで彼女の次の言葉を待つ。そして……
「───ここに契約は完了した。………お久しぶりです、シロウ」
 俺のよく知るセイバーが目の前に立っていた。
「会いたかった。……セイバー」
「私もです。……シロウ」
 そのまま、二人で抱擁を交わす。
「…………」
 気づくと、俺の後ろの空気がギンギンに冷え切っていた。
「あんたら、いつまでそうしてるわけ?」
 ……こっ、怖い。
「いやっ、すまんセイバー。つい……」
「いえ、その私こそシロウの姿を見たら、体が勝手に動いてしまいまして……」
 ……遠坂の視線が痛い。
「……で、いつまでそうしてるわけ?」
 これは、まずい。とっさに俺たちは体を離した。
「凛、会いたかった。シロウも凛も元気そうでなによりです」
「ええ。そうね。貴方もマスターとの距離をずいぶんと縮められたようでなによりだわ」
 うっ……この空気はまじでやばい……
「まぁ、何がともあれセイバーの召喚には成功したみたいだな」
「そのようね。衛宮くんが思わずセイバーに抱きついてしまうほど、手応えのある召喚だったようね」
 ……逃げ場がない。
「……まぁ、今回だけは大目に見てあげるわ。わたしもセイバーに会えて嬉しいし」
「……凛」
 よかった。なんとか、俺は死なずに済むようだ。まぁ、遠坂とセイバーは結構仲がよかったしな。セイバーに感謝といったところか……
「そういうわけだからセイバー、これからよろしくね。今回の聖杯戦争は、前回以上に貴女の力が必要なの」
「ええ。確かにこの聖杯戦争はどこか歪だ。嫌な予感がしてならないのです」
 セイバーのクラスの直感は、未来予知に近い能力である。ゆえに、セイバーが感じている嫌な予感は、簡単には看過できない。
「やはり貴女もそう感じるのね。詳しい話は後でするけど、この聖杯戦争は未知の部分が非常に多いのよ。なにが起こるか、わたしには想像もつかないわ」
「そうですね。それでも、私が召喚された限りは貴方がたに必ずや勝利をもたらしましょう」
「そうね。期待しているわ」
「ええ。必ず貴女がたの期待に応えてみせます」
 セイバーの言葉は自信に満ちあふれていた。
「本当にセイバーなんだな」
「シロウ、どうしたのですか」
「いや、ここにいるセイバーはあのときのセイバーと同じなんだなと思ってさ」
「…………」

「そういえばそうね。英霊って、座にある本体から呼び寄せられる分身のようなものって聞いたから、人格は毎回違うものだと思ってたけど」
「ええ。私は普通の英霊ではないのです。英霊となるには代償行為が必要なのですが、私は自身が英霊となる代わりに、私が生きている内に聖杯を手に入れることを望んだのです。そして、聖杯を手に入れ、私の願いが叶った際は、守護者となることを受け入れると誓ったのです」
「今の説明だと、セイバーが普通の英霊でないというのがよくわかんないんだけど」
「はい。死後、守護者として世界に使役されることはよくあることです。しかし、私は未だに死んでいない。私の人生は、死を迎える一瞬で止まっているのです」
「……カムランの丘だな」
 セイバーは驚いた表情をする。それも分かる。彼女は前回の聖杯戦争で最後まで俺に真名を告げなかった。しかし、俺の口から出た言葉は、彼女の真名を知らなければ出ない言葉だ。
「……シロウ。貴方は私の真名を知っていたのですか」
「いや、知っていたと言えるほど確かだったわけじゃないよ。ただよく、セイバーの過去を夢に見たんだ。だから薄々、セイバーはアーサー王なんじゃないかと思ってた。やっと、今のセイバーの反応を見て、俺の予想が当たってたことを確信した」
「そうですか。私はシロウが言うとおり、アーサー王と名乗り、男と偽ってブリテン王国を治めていました。しかし、最終的にわたしは……」
 血塗られた丘。剣と死体の山と化した丘の上で、彼女は誰にも看取られることなく息を引き取った。
「つまり、貴女は生者のまま、世界と仮の契約をして聖杯を求め続けているというわけね」
「……はい」
「それは、貴女が聖杯を手に入れるまで、死ぬことができないことを意味してないかしら」
 セイバーは言葉を失った。それこそが、今の遠坂の言葉を肯定したことにつながる。
「ゆえに、貴女は霊体化ができなかった。貴女は英霊として世界に使役されながらも、生者だったから」
 セイバーは何も話さない。その沈黙が、全てを語っていた。

 

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