「なぁ遠坂、今回は誰を召喚するつもりなんだ」
 聖杯戦争がはじまるとなると、最も大切となるのがサーヴァントの召喚だ。
「セイバーに決まってるじゃない」
「なっ!!待ってくれ、セイバーは俺が召喚するから、遠坂は他の人にしてくれないか」
「嫌よ。セイバーは士郎が召喚するよりもわたしが召喚した方が絶対にいいもの」
「なんでさ?俺は前回のセイバーのマスターなんだから当然今回だって俺が召喚するべきだろ」
「それを言うなら、わたしもセイバーのマスターだったわよ。それに、わたしがセイバーのマスターになったからわたしたちが前回の聖杯戦争の勝者になったんじゃない」
「うっ。確かにそうかもしれないが、やっぱりセイバーのマスターだけは譲れない」
「ふざけるのもいいかげんにしなさいよ。さっきも言ったように今回の聖杯戦争は絶対に負けるわけにはいかないの。セイバーはわたしが召喚するわ」
「いくら相手が遠坂でもそれはさせない。遠坂がどうしてもって言うなら、こっちにだって考えがある」
「なによ。言ってみなさいよ」
「遠坂の分の聖遺物は投影しない。それに、俺はお前の彼氏はやめて、聖杯戦争が終わったら世界中の困ってる人を助けるべく、旅に出ることにする」
 それほど俺の決意は固い。
「っく!卑怯よ、士郎!!」
「卑怯でもかまわない。それでも俺はセイバーのマスターだけは譲れないんだ」
「なによ、なによ。セイバー、セイバーって。わたしのことなんてどうでもいいのね」
 遠坂はそっぽを向いたまま顔もあわせてくれない。
「なんでさ?俺の一番は天地がひっくり返っても遠坂だ。俺は誰よりも遠坂を愛している」
「そんなの、言葉ではなんとでも言えるわよ。どうせアンタがセイバーを召喚したら、セイバーは士郎にべったりで、アンタはセイバーにべったりになるじゃない」
 そうかそれが遠坂の本音だな。
「遠坂、俺の一番は遠坂だって言ってるだろ。俺がセイバーを召喚してもそれは絶対に変わらない」
「わたしがアンタにとっての一番なら、士郎はどうしてセイバーにこだわるのよ」
「俺がセイバーにこだわっているのは、なにも遠坂よりセイバーのほうが好きだからってわけでは決してない。俺は前回の聖杯戦争でセイバーに何度も助けられた。だけど、俺はセイバーに何一つしてやることができなかった。自分のことで精一杯だったっていうのは単なる言い訳にすぎないと思う。俺はセイバーの抱える苦悩を何一つ解決してあげてないんだ。もちろん、遠坂だってセイバーの苦悩の正体には気づいていると思う。だけど、その苦悩を和らげてあげることができるのは同じ悩みを抱き続けてきた俺しかいないと思うんだ。なにもそれは遠坂がセイバーの気持ちをわかってないと言ってるわけじゃない。遠坂が、セイバーのことを大切な存在だと思ってることは俺が一番わかってる。それでも、俺が自身の理想を信じる限り、セイバーを放っておくことはできないんだ。すべての人を助けたい、できることなら誰にも死んでほしくない。そんなことを願うのは、偽善だってことぐらいはアーチャーと戦う前からわかってた。それでも、俺は自身の理想を信じて、アイツに勝った。だから、同じ理想を抱いているセイバーを放っておくわけにはいかない。セイバーの抱いている理想は、俺のものよりも歪なんだ。彼女から直接聞いたわけじゃないけど、俺は彼女の理想を知っている。あの丘の上で、理想のために己が身を犠牲にした彼女の姿を知っている。彼女の理想は偽善に他ならない。それでも俺が彼女の理想を否定するわけにはいかない。彼女が抱いた理想は決して間違ってなどいない。間違っているのは、理想のために何かを犠牲にしようとする考えだ。自身を犠牲にして、他者を救ったところでそれは全員を救ったことにはならない。自分という犠牲者が生まれる。そのことに俺は今まで気づかなかった。自分はいないものだと思っていたから。自身の命なんて他者の命に比べたら無いに等しかった。だけど、それは間違った考えだとあの戦いを通して識ることができた。遠坂凛というかけがえの無い存在ができたことで俺の考えは間違っていたんだと思い知らされた。俺が死んではだめなんだということを、俺は死にたくないんだということを、俺は生きていたいんだということを思い知らされた。俺が死んだら、遠坂を悲しませることになる、そして遠坂を幸せにしてやることができなくなる。そんなの嫌だ。だから、俺は簡単に死ぬことなんてできない。俺は遠坂のおかげでそれに気づくことができたんだ。そして今度は、俺が手にしたこの感情を、セイバーに俺自身の力で伝える番なんだ。この大切な感情を一生忘れないために、俺がセイバーに伝えなきゃ意味がないんだ。同じ理想を抱いて、同じ苦悩を抱える者として、俺が伝えなければいけないんだ。そのためには、セイバーのマスターでなければ駄目なんだ。頼む遠坂、俺が無理なことを言ってることはわかってる。それでもセイバーのマスターだけは譲れない。俺にセイバーのマスターをやらせてほしい」
「衛宮くん。あなたにセイバーを任せて、セイバーを泣かせるなんて結果になったら許さないわよ」
 この言葉に対する返答が最終試験ってわけだな。
「遠坂、その言葉にはうんとは頷けない」
「……………」
「俺はセイバーを泣かせてみせる。とびっきりの嬉し涙を、アイツには流させてやりたい。それが、今まで頑張って来た彼女へのせめてもの報いってヤツだろう?」
 遠坂はしばし無言のまま俺を真剣なまなざしで見つめていた。
「いいわ。合格よ。アンタをセイバーのマスターとして認めてあげる。そのかわり、失敗は許されないわ」
「ああ、わかってる。俺は遠坂と違って、大事なところで失敗をしたりなんかしないからな」
「さっきの言葉、取り消すわよ」
「取り消したって、俺はセイバーを召喚するからな」
「……もう、勝手にしなさいよ」
 そう言う遠坂の言葉には棘がなかった。俺への信頼と、遠坂なりのエール気持ちが詰まった優しい言葉だった。

 

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