弓道場の裏手で、うずくまる遠坂の姿を見つけた。
「……遠坂」
  俺が呼び掛けると、遠坂は虚ろな目をしてこちらを見上げた。
「大丈夫だ」
  なぜそう言ったのかは分からない。ただ、遠坂を見ていたらそれしか思い浮かばなかった。
「わたし……やっぱりバカだ」
「大丈夫だって、遠坂」
「どうしてそんなことが言えるのよ」
「お前は遠坂凜だ。お前の選択が間違っているはずがない」
「そんなの……根拠でもあるわけ?わたしはね、ここぞという時に取り返しのつかない失敗をするのよ。それは士郎も知っているじゃない」
「ああ知ってる。確かにお前は大切な時に大ポカをやらかすのかもしれない。でも、それが間違っていたことがあるか?」
「どういう意味よ」
「聖杯戦争覚えているよな」
「当たり前じゃない」
「なら、あの外人墓地での独り言も覚えているだろ」
「…………」
 俺はセイバーをキャスターに奪われ、遠坂はアーチャーに裏切られた。そして、あの外人墓地で遠坂は俺に自分の心情を語ってくれた。稀代の魔術師遠坂凛が、人間遠坂凛としてはじめて俺に内側を見せてくれた瞬間だった。俺はあの時のやりとりを一生忘れないと思う。なにせ、俺が遠坂に告白したのがあの時だったからな。
「遠坂は確かにここぞというときに失敗をするかもしれない。だけどそれは、ただの失敗であって遠坂の選択が間違っているわけじゃないんだ。お前は失敗した分、その失敗を何倍・何十倍で相手に仕返すだろ。桜も気の毒だよ。桜は遠坂を突き放した分、きっとその何十倍の仕返しをされるからな」
 魔術に関してはド素人の俺がセイバーなんかを召喚してしまったために、俺は遠坂のとんでもない仕返しを受ける羽目になった。なにせ、俺はもう遠坂なしでは生きていけないようになってしまったのだから。
「だから、遠坂凛は恐ろしいんだ。お前を倒すためには、仕返しができないほどにボコボコにしなくちゃならないんだからな。さもなくば、お前の呪いに犯されて、一生付き合わされる羽目になる」
「そうね。アンタを手放すことは、絶対にありえないから」
 ああ。俺はもうお前のものだ。そして、俺もお前を一生手放さない。俺のそばには遠坂がいて、遠坂のそばには俺がいる。これは呪いだ。エミヤシロウにとって最強で最凶の呪い。しかし、衛宮士郎にとっては最高で最幸の呪い。俺の人生は遠坂凛という人間が入ってきたことでがらりと一変した。そして、それこそが衛宮士郎の運命の最大の分岐点だったのかもしれない。
「なら、桜もみすみす手放すつもりはないんだろ。お前はきっと桜を一生許さない。桜がこれ以上ない幸せを勝ち取るまで、お前は桜を呪い続けるんだ」
「ええ。そうね。わたしはアンタも桜も一生許すつもりはないわ。わたしの魔術師としての人生を台無しにしてくれたんですもの」
「ああ。それでこそ、俺の知る遠坂凛だ」
「わたしが悪かったわ。あの外人墓地でも言ったように、わたしは後悔はしたくないの。ううん、しないの。だったらこんなところでいつまでも燻っているわけにもいかないわね」
「ああ」
 やっぱり遠坂凛は眩しい。
「よし。そうとなれば今日は家に帰りましょ。なんだかいくら始業式だけでも学校にいたいっていう気分じゃないわ」
「そうだな。きっと、藤ねぇにはこぴっどく叱られるだろうけど、藤ねぇと桜の分の弁当を置いて、今日のところは帰るとするか」
「ええ」
「なんだよ遠坂、ずいぶんと機嫌がよくなったな」
「誰の所為よ」
「わからないな」
「……バカ。もう知らない」
 ぷんっとわざとらしく振り返って、遠坂は正門の方へ歩いていった。
「やれやれ、赤い悪魔様の御乱心が収まって、臣下としては一安心ですぞ」
 誰にも聞こえない声でそうつぶやいて、俺は彼女の隣を歩くべく、最愛のパートナーの元に駆け寄ったのだった。
 

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