もうクリスマスまであと一週間になる。そんな、とある休日。わたしと士郎は、デートの約束をしていた。
「うぅ。なんでこんな日に、風邪をひくのよ」
 とっても大事な日。あの朴念仁が、自分からデートに誘ってくるなんてとんでもなく珍しいというのに、そんな日に限ってわたしは風邪をひいた。普段は完璧なのに、大事なときに大失敗をしでかすという遠坂の呪いが、またもわたしを苦しめるのだろうか。
「そろそろ、待ち合わせの時間か。もう士郎も家を出ちゃっただろうし、今日は誤魔化すしかないか」
 わたしは、昨日のうちに用意しておいた服に着替え、外出の準備を手早く済ませた。そして、予定通りの時間に遠坂邸を後にした。
「士郎はまだ、来てないか」
 わたしが設定した待ち合わせの場所は冬木でも定番の待ち合わせスポットで、休日なら人で賑わうはずなのだが、待ち合わせの時間を早めに設定したせいか人はまばらであった。士郎の姿もまだなかった。
「まだ8時か。………って、8時!!」
 おかしい。わたしが設定した待ち合わせ時間は9時だったはずで、わたしが家を出た時間も8時半過ぎだったはずだ。
「そうだった。家の時計が一時間進んでるんだった」
 今日はついてない。風邪だというのに、待ち合わせ時間の一時間前に来るし。全くもって、馬鹿としか言いようがない。
「仕方がないか。士郎もいつも通り早めに来るだろうし、ここで待ってればいいかな」
 雪も降るかと予想された日に、わたしは外でずっと士郎の到着を待っていた。

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外で士郎を待ち続けて45分ぐらいが経っただろうか、ようやくわたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。
「遠坂、待ったか?」
 士郎の姿が見えた瞬間、嬉しさがこみ上げてきた。わたしは魔術師として人間的な感情はできるだけ抑えようと努力してきた。しかし、こんな場面ほどわたしが人間なのだと、女なのだと実感させられることはない。わたしは、もう半ば無意識にお決まりの返事をしていた。
「ううん。今来たところよ」
 実際はわたしがここに来てから45分も経っている。体もそろそろ限界だった。全身が震えだしている。心とは裏腹に、体は軽い嘘もつき通せないほどに弱っているようだった。
「嘘言うな。本当に大丈夫か遠坂?」
 先ほどから頭がぼわんぼわんとしている。足下も少しフラフラとして不安定だ。
「大丈夫よ。早く買い物に行きましょ」
 強がっては見せるが、どうやら本当に限界のようだ。士郎の側に近寄ったところで体から力が抜け、士郎にもたれ掛かるように倒れてしまった。
「遠坂!しっかりしろ!!」
 返事しようにも口が開かない。次第に視界が薄れていき、わたしは暗闇の中に堕ちていった。

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 目が覚めるとわたしは病室にいた。
「……しろう?」
 ベットで横になるわたしの隣には、椅子に座り両手でわたしの手を握ってくれている士郎の姿があった。
「遠坂!!よかった。意識が戻ったんだな」
 どうやらわたしは意識を失っていたらしい。いったいどうしてこのような状況になってしまったのか。わたしは確か、士郎とデートをするために待ち合わせをしていたんじゃ……
「突然倒れるから、心配したんだぞ!!まったく、具合が悪いなら無理しないで俺に……」
「士郎、今何時?」
「…午後3時。遠坂が倒れてからもう約6時間が経ってる」
「……そっか。わたし、自分で士郎との時間を潰しちゃったんだ」
 ずっと前からこの日を楽しみにしていたのに……。なんでわたしは、こういう時に限って……。
「ああ。残念だけど今日のデートは中止だな。医者は貧血だって言ってた。意識を失ったけど、今日おとなしくしてれば明日には退院できるってさ。ただ、いつまでたっても目を覚まさないから、俺は心配したんだぞ」
 でも、士郎はずっとわたしの側にいて手を握っていてくれたんだ。そう思うと、嬉しい気持ちでいっぱいになった。
「これで少しは、アンタの無茶を見守らなくちゃならないわたしの気持ちがわかったでしょ?」
「………………」
 無言になる士郎。ここまで顕著な反応を見せるとちょっと嬉しくなる。
「ねえ、士郎」
「なにさ?」
「ちょっと、顔寄せてくれる?」
 士郎がわたしの言葉に応えて、顔を寄せてくれた。わたしはそっと上体起こして、士郎の頬に口づけをした。
「わたしの所為でデートが台無しになちゃってゴメン。それと、今日はずっと側にいてくれてありがとう」
 士郎はしばし呆然としていた。そんな士郎を眺めて楽しんでいると、斜め後方から一番聞きたくない声が聞こえてきた。
「うわー。彼氏のいないあたしたちにそこまで見せつけるとは、さすが遠坂だな」
 よりにもよって、わたしの親友且つ好敵手である美綴綾子が立っていた。
「心配して損しました。わたし帰ってもいいですか?」
 そして、唯一血の繋がった肉親である妹の桜まで立っていた。
「綾子と桜もいたんだ」
 苦し紛れの一言は、わたしの首を一層苦しめることとなった。

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「やっぱり、遠坂さんにはお灸を据えた方がいいのかね?」
「そうですね。姉さんをこれ以上甘やかしたらいけないと思います」
 最近、この二人の意気投合ぶりが見ていて怖い。同じ部に所属しているとはいえ、いつの間にこんなに息が合ってきたのだろうか。
「悪かったわよ。まさか士郎以外にも来てくれてたなんて思わなかったから……」
 士郎の名を口にしたときの桜の視線が怖い。
「衛宮、悪いがさっきのは無しにしないか?」
「えっ?いや、それは困るんだけど……」
 何の話だろう?なんか嫌な予感がする。
「元々、今日先輩と姉さんがデートするなんて、わたし聞かされていませんからね」
「確かにそうだけどさ」
 なんだかわたしだけ話題から取り残されている。不満の顔を士郎に向けた。
「遠坂、可愛くないぞ」
「姉さん、ずるいです」
 今日は何をしてもこの二人に非難されるのだろうか。
「もう、さっきから何なのよ。わたしに恨みでもあるわけ?」
 いっそのこと、やけくそになってみる。既に、頭の中も風邪のおかげか知らないが、わけがわからなくなっていた。
「そりゃ、あるに決まってるじゃん」
「あるに決まってます」
 二人とも即答。
「何よ」
 とりあえず、士郎の方を睨んでみた。
「いや、それはだな……」
「アンタが今日倒れたから、24日に予定していたクリスマスパーティーを25日に延期しようって話。衛宮がどうしてもって言うから、あたしは賛成してあげたんだがね」
「先輩がどうしてもって言うから、わたしも了承したんですけど」
 パーティーの日にちを延期って、つまり……
「あたしは、遠坂次第かな」
 二人の気持ちが心に染みる。
「参ったわ。わたしの負け。二人には貸しができたわね。ありがとう」
「わかってくれれば、あたしはそれでいいんだ」
「こんなことは、今回限りですからね」
 不覚にも泣きそうになってしまった。涙を堪え、ベットに仰向けになった。
「それじゃあ、あたしらは帰るぞ」
「姉さん、お大事に」
 そうして、二人は病室を去っていった。

 二人がいなくなってから少し経って、士郎が口を開いた。
「そういうわけでさ、遠坂」
 わたしはベットに仰向けになりながら、士郎の瞳を見つめた。
「24日は予定を空けといてくれないかな?」
「ええ、もちろんよ」
 そう言って、わたしは士郎に抱きついた。さっきまでの絶望感が嘘みたいに、わたしは幸せな気持ちに満たされていた。たまには風邪になってみるものなのかも知れない。

 少し経ってから、廊下でぶつくさ文句を言う桜の声が聞こえた気がしたが、それは気づかなかったことにしておこう。とにかく、二人とも本当にありがとう。そして士郎、大好きだよ。

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〜後日談〜

 ついに今日はクリスマスイヴだ。何が嬉しいかって、今日は一日士郎とデートができるのだ。嬉しさのあまり、待ち合わせの20分前には既に待ち合わせ場所に着いていた。
「遠坂早いな。今日は倒れたりしないよな?」
「当たり前じゃない。体調は万全よ」
「それも怖いな」
「なんか言った?」
「言ってません」
 そんな会話の後、士郎は自然と手を握ってきた。わたしはそのまま士郎の隣に寄り添い、二人で歩き
出した。士郎の手はとても暖かかった。

 ショッピングをしたり、カフェテリアでお茶を飲んだりと、特別なことはせず、わたしたちは純粋にデートを楽しんだ。クリスマスイヴということもあり街は人であふれかえっていたが、士郎といたからか苦痛は感じなかった。ただ、夕食で入る店を決めようとしたときにはどの店も満席だったのが誤算だった。
「予約を取っておくべきだったわね」
「そうだな。でも過ぎてしまったことはしょうがないさ」
「そうだけど………」
 せっかくのデートなのに、雰囲気が台無しだ。
「それにさ、俺としては家で遠坂と一緒に夕飯を作って食べる方が楽しいと思う」
 実はわたしも同じことを考えていた。結果的には、悪くないなと思っていた。
「こうして二人でゆっくり歩いて帰ることも、普段はあんまりないしな」
 新都からわたしたちは徒歩で士郎の家に向かっていた。そういえば、こうやって落ち着いて二人で歩
いて帰ることは今までなかったかもしれない。
「墓地に寄ってもいいかしら」
 ふと、父様の眠る墓に寄りたくなった。
「いいぞ」
 一言だけそう言って、士郎は黙ってわたしに付いてきてくれた。
 墓地のに着き、わたしは父と母の墓の前に立ち止まった。わたしにはもう両親との思いではあまり残
されていなかった。元々父様は魔術師の鏡のような人だったみたいなので、一緒に遊んだ記憶はほとんどない。それでも、両親がわたしと桜にむけてくれた笑顔はなんとなくだが覚えている。
「父様、ごめんなさい。わたし、結局聖杯を手に入れることはできませんでした。ただ、魔道の探究は
続けています。時計塔で、第二魔法の研究をやろうと思っています」
 第二魔法の成就は、遠坂の悲願でもある。今では士郎という心強いパートナーもいる。第二魔法とい
う途方もない目標でも、二人で進めば決して辿り着けないことは無い。
「お父様、お母様、ここにいるのがわたしの恋人です。わたしは彼と一緒にこの先の人生を歩んでいき
たいと思っています」
「はじめまして、衛宮士郎と申します。遠坂には、本当にお世話になっています。そしてこれからもず
っと、遠坂と一緒にいたいと思っています」
 士郎の顔を見つめた。そして、わたしは士郎に口づけをした。その最中、士郎はわたしの手に何かを
握らせた。
「俺からのクリスマスプレゼントだ」
 手を開くと、赤い宝石が埋め込まれた剣をモチーフにした首飾りだった。
「この剣って確か」
「俺がよく使う双剣の片方で、莫耶っていうんだ。干将の首飾りも作ったけど、それは俺が持ってる」
 干将・莫耶は夫婦剣であり、何かのトラブルで紛失しても必ず持ち主の元に戻る、という強い絆が存
在する。
「……それに、この宝石」
「ああ。俺がランサーに殺されて遠坂が生き返らせてくれた時に、遠坂が忘れていったペンダントから
少し削ったんだ」
 父様との思い出が詰まった赤い宝石が、莫耶の中央に刻まれていた。
「俺が投影したもので悪いんだけどさ、この莫耶には俺の遠坂への想いが詰まってる。干将と莫耶は二
つが揃ってこその双剣なんだ。遠坂のお父さんの墓の前で言うのは恥ずかしいけど、俺とずっと一緒にいてほしいっていう気持ちがこもってる」
「嬉しい。肌身離さず身に着けるわ」
 そう言うのが精一杯だった。嬉しさのあまり、涙が止めどなく溢れてきた。父様の前では、魔術師然
としていようと心がけていたが、もはやわたしは士郎の彼女でしかなかった。
「遠坂、落ち着いたら帰ろうか」
「朴念仁、もう少し黙って胸を貸しなさいよ」
 士郎との幸せの日々はまだ始まったばかりなのである。

 

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