空の境界
the Garden of sinners
夢想深深


 歴史は主観的か客観的かという命題は、しばしば歴史家達の間で議論されてきた。ある事実は、一人または複数の記録者により何らかの形態で保存される。それが史料となり、史料を後世の歴史家が処理し二次資料として保存される。二次資料はまた、歴史家の手で処理され二次資料として保存される。その繰り返しで歴史は編纂されていく。ゆえに、「完全な歴史」は存在せず、歴史は必然的に選択的にならざるを得ないというのが、現代では通説とされている。しかし、それは人間界での話に他ならない。
  魔術師界では「並行世界」という概念が存在する。並行世界とは、無限に列なる可能性の世界である。時間軸は唯一無二のモノではない。時間軸は複数存在しており、世界は様々な場面で多次元に分岐している。それこそ無数の世界が存在する。
  並行世界の概念があるために、魔術師は歴史を極めて軽視する傾向にある。ある偉大な魔術師は、かつて次のように言った。
「今の世界は、偶然の積み重ねの産物であり、過去の事実をとやかく議論することはナンセンスである。それよりも、魔術を研究し、子孫に継承していくことが魔道の究極の理である」
  歴史の有用性云々についてここでは言及しないが、魔術師界での歴史の意義は大変小さいことがわかる。  しかし、全ての魔術師が歴史を探求しないわけではない。魔術師は常に「完全な歴史」を追及し続けている。万物の始まりにして終焉、この世の全てを記録し、この世の全てを創造する神の座。根源に至ることが、魔術師にとっての最終到達点なのである。
  根源の渦が魔術師の到達点とされるのは、過去に根源の渦に辿り着いた者が存在するからに他ならない。そんな根源を識る一人の少女がいる。

  その名を両儀式という。

  直視の魔眼を保持し、根源と繋がった過去を持つ。彼女の起源は『虚無』。根源の渦に繋がる肉体を持つ彼女は、死が視える。彼女は生きながらにして死を体験し、理解し尽くしている。根源の渦とは、とどのつまり「 」を意味する。つまりは、無。そこには何もないのだと彼女は識っている。生の重みも死の軽さも識っている。

 だからこそ、彼女は今日も無意味な生の幸せを重く深く享受する。特別なことがなくても構わない。
 生きている限り、世界は無ではなく有なのだから。

 


 それに、わたしはもう一人じゃない。

 識はいなくなったけど、わたしには幹也がいる。

 人を殺して死ねなくなったわたしを彼が殺してくれるから。

 彼はわたしを許さない。
 
 だからわたしは、彼のために幸せになるんだ。

 


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平安新風

春気踊躍 

 

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