「どうすればいいっていうのよ……あなたに私の何がわかるっていうの?」
 沙織さんは絶望の淵で、ただただ現実から目を背けている。わたしはそれが許せない。
「何もわかりません。最愛の人に包丁を投げつけられて、何も言わずに暴力を受け続けているくせに、陰でポルターガイストを起こして嫌がらせをしている人の気持ちなんて、何一つわかりません」
 わたしがそう言うと、沙織さんはわたしを睨み付けた。
「慶一にこのお店を諦めてもらうには、こうするしかなかったのよ!!」
 その言葉を待っていた。わたしはすかさず言葉を返す。
「それって、嫌がらせですよね?」
 沙織さんは、もう泣きそうになりながら必死に答えた。
「違います。確かに、私たちの思い出が詰まったこの地を離れたくない慶一の気持ちはわかるの。それでもっ、このまま強制退去命令を無視したら、慶一は壊れてしまうわ。ずっと、怖い人たちに脅されている慶一の姿を、わたしは黙ってみていることができなかったのよ」
 沙織さんの慶一さんへの愛は美しい。こんな歪な形じゃなかったら、二人はどんなに幸せな日々を送れただろう。
 わたしは慶一さんに向き直り、質問をぶつけた。
「沙織さんはそう言っています。慶一さんは、どうなんですか?」
 この二人は、どんなにお互いに傷つけ合っていても。根本では愛し合っているのだ。
「今更立ち退くことなんてできない……。頑なに断って来たんだ。今更立ち退いたら、酷い条件を呑まされるに決まってる」
 二人はただ素直になれないだけ。そんな二人も、やっと心を開こうとしている。
「では、条件さえ良ければ立ち退きますか?慶一さん」
 わたしの質問に、慶一さんは、「ああ」とだけ言って、首を縦に振った。
「それで、兄さんのことですからまだ何か隠してますよね?」
 とぼけた顔をする幹也。でも、その顔が全てを物語っていた。
「鮮花が言うのは、これのこと?」
 得意げな顔で、幹也は何枚かの書類を取り出した。
「それはなんなんですか、兄さん?」
「橙子さんに頼んでおいたものだけど……。いる?」
  魔術や未来視よりも、幹也の言動の方が断然恐ろしいと感じるのはわたしだけだろうか?

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