「ちょっと、どういうこと、静音?」
  静音までここに就職したいだなんて聞いてない。
「わたしもこんな場所でお仕事ができたらいいなあって」
「静音は実家の酒蔵で働くんじゃなかったの?」
  静音の実家は娘を礼園女学院に出しているだけあって、結構有名な酒蔵だ。わたしはてっきり静音は実家に戻ると思っていた。というのも、休みになると頻繁に実家に呼ばれていたからだ。
「うん、わたしもそう思ってたんだけど、お父さんに聞いたら、『大学に進学するなり、就職するなりはおまえの好きにしろ。必要なら金は出してやる』って言われたの。だから、わたし勉強できないし、ここだったら少しはみんなの役に立てるかなと思って」
 中学から都心の全寮制の学校に送るだけことはある、静音の親父さんは肝が据わっていると思う。
「なるほど、君が黒桐の言ってた未来視の子か」
「そうなんですけど……静音ちゃん、ここに就職するのはダメだ」
  全くわたしの兄様は自分でこの事務所に入っておきながら、わたしたちにはやけに厳しい。
「えっとその、危険なお仕事が多いことは分かってます。でも……あの、わたしがいれば事前に危険度が分かると思いますし、部屋の雰囲気も和むと……」
「おまえ、どっちの未来視だ?」
 式の唐突な質問に静音はビクッと小動物のように体を震わせた。
「はひっ!……えっ…えと、なんのことでしょう?」
  この子、完全にテンパっている。
「ははは、おもしろいな。静音くん、式が聞いているのは、君の未来視が予測なのか測定なのかってことだ」
「あっ、はい。わたしは、たしか予測ですよね、幹也さん」
「そうだね。静音ちゃんの未来視は、目に見えるあらゆるモノから未来の動きを予測しているだけだったね。未来の結末を決定してしまう測定まではいってない」
 なるほど、静音の脳はわたしたちのような情報処理能力、つまり情報の取捨選択能力が備わっていない。だから、あらゆる事象のちょっと先の未来が予想できるってことか。それが、予測の未来視。予想の範疇を超えた、未来への絶対的信頼。その域での未来視が測定。
「それで、静音くんの能力を使えば、私がやろうとしていることも解っちゃうんじゃない?」
 眼鏡をかけた橙子師が不敵な笑みをうかべている。
「えっと……その……はい」
 静音も苦笑するしかなくなっている。まあ、未来視なんて能力のないわたしにだって今後の展開がなんとなく予想できる。
「それじゃあ、入社試験をはじめましょう。試験はもちろん筆記じゃなくて実技よ。さてさて、試験の内容を発表するわ」
 幹也奪回への一歩を、今まさに踏み出した。

 

戻る

inserted by FC2 system