「家の者は皆、私と彼の交際に反対したわ。そして事件が起きた。私の親類が、彼の家に放火したの。幸い、彼は家の中にいなくて助かった。だけど、彼の両親はその事件で亡くなったわ」
 ただ、魔術師が普通人と付き合ったというだけで、沙織さんの彼氏の両親は殺された。
「その事件をきっかけにもう何もかもどうでもよくなったの。信じていたモノに裏切られて、愛するヒトは傷ついて………。私が全てを捧げてきた魔術が、最愛の彼の両親を奪った。もう、何を信じればいいのかわからなくなったの。約束された名誉も地位も何もかも放りだして、私は逃げ出した。一人で遠くへ。誰も私を知っている人がいない地へ、過去を思い出さずにいられる場所へ逃げ出したのよ」
 沙織さんの瞳からは、涙が溢れ出していた。
「……それなのに、彼は私の前に現れた。魔術師でもない彼が、私を捜し出して、私の目の前に現れたのよ。私の親族ですら私の捜索をしなかったというのに……」
 沙織さんは声にならぬ声で必死に言葉を紡いでいる。涸れた声が、余計に私の心に響いてくる。
「……もういい。沙織、もういいんだ。全部終わりにしよう」
 ずっと沈黙を守ってきたご主人が沙織さんの肩に手を置きそう言った。
「俺が悪いんだ。全部俺が悪いんだよ。家が放火に遭ったのは、沙織の所為なんかじゃない。俺の所為なんだ」
「……慶一?」
 沙織さんが慶一さんを見上げた。
「俺はお前が魔術師だってことを知ってたんだ。そして、魔術師が普通人に魔術の存在を秘匿していることも……。お前と付き合い始めて、お前の従兄を名乗る男にそのことを告げられた。だから、知ってた。俺がお前から手を引かない限り、俺の大切な人の命を奪うとお前の従兄に脅されていたんだ。俺はお前を死なせたくなかった。それで、ずっとお前のことを見張っていたんだ。四六時中俺はお前を見張ってた。そうしたら数日経って、俺の両親が殺された」
 シンと冷え切った空気が突き刺さるように痛い。その場は緊張に包まれる。
「俺がお前を見つけられたのも、俺がお前をつけていたからだ。だから、お前が俺に贖罪を感じるのは間違っているんだ。俺はお前の人生を台無しにした。罪を償わなければいけないのは沙織ではなく俺の方なんだ」
 私は言葉を失った。なんていう……これじゃあ、二人とも……。
「だから、もう終わりにしよう。俺のことは忘れてくれ。沙織は沙織の人生を、俺に縛られない沙織の人生を生きて欲しい」
 これじゃあ、誰も救われない………。

「待ってください。慶一さん、貴方は勘違いをしている。貴女もです、沙織さん」
 突然兄さんが口を開いた。
「放火の犯人は沖坂透。沙織さんの従兄にあたる方です。悪いのは、沙織さんでも慶一さんでもない」
 幹也は二人に向かって呆れたように冷たく言い放った。私はこんな幹也を今まで見たことがない。
「もう二人とも自分が罪を被ろうとするのはやめてください。見苦しいにも程があります」

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