少しの間沈黙が続いた。式が帰って来て安堵したのだろう、この数日間、静寂が続くと落ち着かず仕事に手が付かない状態となっていたが、今はむしろ至福の一時に感じられた。もはや式は僕の生活の一部になっている。もう疑う余地すらなく、僕は式が好きだ。白純里緒との一件で僕はそう確信するに至った。それは、僕の初恋の相手『両儀式』との別れを意味していた。
  あの日は、雪が深深と降っていた。そんな幻想的な景色の中で僕は一人の少女と出会った。僕は名も知らぬその少女に、生涯初めての恋をした。一目惚れなんて言えば、大半の僕の友人たちは驚愕の表情を浮かべることだろう。
  それから間もなくして式と識という二人の少女に出会った。彼女たちは、善を受け持つ陽極の女性格「式」と悪を受け持つ陰極の男性格「識」が同じ肉体を共有する、世間でいう所の二重人格者だった。
  僕は彼女たちと無理矢理接触して、次第に親しいと言える関係になっていった。その過程で、僕が初めて恋をした女性は、識でも式でもないことに気が付いた。
  白純里緒の一件の後、僕は初恋の相手と再び出会った。彼女は自分のことを『両儀式』と名乗っていた。式でも識でもない両儀式。式の肉体を司る存在というのが彼女の正体だった。
  最終的に僕の初恋は実らなかった。彼女に逢うことは二度とないだろう。
  けれど、僕の恋が終わったわけではない。僕の恋ははじまったばかりだ。
  僕は式が好きだ。
  他の誰でもない、式のことが好きだ。
  初めて式に声をかけた時は、驚いた顔で無言のまま去って行った。しつこく式に話しかける僕を邪険にしながらも式は僕を突き放したりはしなかった。そうして僕と式は次第に親しくなっていったが、あるとき式は僕を殺そうとした。その時死んだのは、僕でも式でもなく識だった。識を失って傷ついた式。二年間の昏睡から目醒めた式は、男のような口調になっていた。それでも、式はやっぱり式だった。変わったこともあるけど、根本は何も変わってない。不器用で、人間嫌いなのに人が傷つかないような気遣いができる。そんな優しい女の子。それが、僕の好きな式という人。
  そんな式に、僕は告白をした。きっと、式はあれが僕の告白だとは思ってないだろうけど、僕の気持ちは伝わったと思っている。
『式。君を─── 一生、許さない』
  僕と式はあの瞬間から、新しい一歩を踏み出した。式と僕が携わった事件で、失ったモノはたくさんある。それでも、失ったモノよりも多くの大切なモノを得た。
  いつか僕が式を手に掛ける最期の最期の瞬間まで、充実した毎日を送っていこう。死を誰よりも識る式だから、とびっきりの生を味わってもらいたい。
  さっきまで続いていた沈黙は、階下からの足音で破られた。足音は二つ。足音と一緒に聞こえる声は、どうやら鮮花と静音ちゃんのものだ。
  なんだか今日も一波乱ありそうだ。

 

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