「所長、最近仕事少ないんじゃないですか」
  ここは、人形製作、建築設計を本業とし、非公式探偵事業、怪異の解明、怪物討伐を副業とする事務所『伽藍の洞』である。その所長を務める人物は、人形師兼魔術師蒼崎橙子。世間体や僕から言わせれば、謎多き変人である。
「なんだ黒桐。給料はちゃんとだしてるだろう?」
  この際、人に相談もせずに大幅な減給をされたことは不問にする。いや、後回しにする。それよりも、所長には聞かねばならぬことがある。
「最近、式を見ないんですけど」
  両儀家のお嬢様で、僕の彼女……にしたい少女、両儀式の行方が掴めず、ここ一週間音信不通なのである。
「ああ、式ならそろそろ帰ってくるんじゃないか?」
「そうじゃなくて、式に何を依頼したのか聞いてるんです!」
「いやそれがな、末広町駅近辺で魔術の暴発事件があったらしくてな。秘密裏に処理したいから私に来てくれというから式に行ってもらったのだが、黒桐も一緒に行きたかったか?」
  橙子さんの言葉に悪びれた様子は全く感じない。
「そういう問題じゃないでしょう。式に物騒なことをやらせないでくださいよ。いくら戦闘に卓越しているからといって、式は女の子なんですよ」
「黒桐、それは性差別的発言だぞ。式が女性だからといって、式のプライベートまで制限するのはよくないな。ジェンダーフリーの問題は、黒桐が思ってる以上に深刻だ。日本では、つい最近男女共同参画社会基本法が制定されたことにより、女性の地位向上にむけて一歩前進したとみるべきだろうが、性差別解消が完全に達成されたわけではない。今後の展開は、大いに注目されているわけだが、女性の地位向上を切に願う私にとってはだな」
「橙子さんがジェンダー論者の急進派とは知りませんでしたよ」
「知ってもらえたようで光栄だな」
  何を言ってもこの人には無駄なことだ。式が帰ってきたら本人に言おう。多分、式も言うことを聞かないだろうが……
「おっと、こうしてる間に式が帰って来たようだね」
  確かに、階下から上に上がってくる足音が聞こえる。
「トウコ、帰ったぞ」
  一週間ぶりに聞く、式の声だった。

 

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