「式、いったいどこ行ってたのさ」
「なんだ、トウコから聞いてないのか?」
「今、聞いた。遠出するなら一言くらい残して行ってよ」
  最近急激に普及してきた携帯電話ってヤツをお互いに持ったほうがいいのかも知れない。
「悪かった。思ってたより大分時間がかかっちまったもんでな」
「それでも、連絡の一つくらいくれたっていいじゃないか」
「いや、それができる状態じゃなかったんだよな」
  電話ができないほど切迫した状況だったのだろうか?
「やっぱりか。式に行かせて正解だった。あいつらに見つかると厄介だしな」
「あのな、トウコ。私事を他人に任せるのはやめろよな」
「いいじゃない。仮にも依頼がだったわけだし、報酬もきちんと渡すから許してくれ」
  さっぱり、状況が飲み込めない。
「あの、僕にも分かりやすく説明してくれます?」
  ここにいる人物は皆、唯我独尊、勝手気儘、自己中心の塊なので、どこかで口を挟まなければそのまま取り残される羽目になる。
「式、君のフィアンセが説明をご所望だとよ」
  橙子さんはニヤっと口元を弛緩させた。白純里緒の一件があってから、あからさまなちょっかいをよく出してくる。
「なんだよトウコ、幹也に何も伝えてないのか」
  橙子さんの発言を軽くスルーする式の姿も最近では板に付いてきた。こちらとしては、少しくらい可愛い反応をしてくれてもいいと思っているのだが……。
「トウコに頼まれて、魔術暴発の後始末に末広町まで行ってきた。現地に着いたらスーツを来た怪しい外国人が『蒼崎橙子様ですか?』って尋ねてくるから、そうだと答えてヤツに付いていった。そしたら、路地裏に連れ込まれて、四人ぐらいの魔術師に囲まれた。先に向こうが魔弾を撃ってきたから、痛い目に遭わせてやった。オレはそこで、そのまま帰るのも癪だと思って、ヤツらに本部の位置を吐かせた。それで、本部に行くと金だけ渡されて追い返された。今度こそ帰ろうと思ったら誰かが付けてくるのを感じたから、そいつを撒こうとしたんだけど、意外としつこくて手間が掛かったという所だ」
 物騒なことをしれっと言う式は、正直怖い。絶対敵にはしたくない。
「ははあ。それで、式を呼び出したのは結局誰だったの?」
「知らない」
  さぞ、無関心な様子で式が答えた。
「たぶん、式を襲ったのは魔術協会の下級魔術師でしょうね。笑っちゃうけど、魔術協会秋葉原支部がその辺にあるから、封印指定の私を捕まえて一儲けしようとでも考えたんじゃないかしら。結局、協会が式に払った分のお金はその人たちの負債になるだろうから、自業自得よね」
  眼鏡を掛けた橙子さんは満面の笑顔だった。橙子さんを狙った魔術師たちは、本当に運がないと思う。
「それじゃ、はい式。これが約束の報酬」
  橙子さんは自身が掛けていた眼鏡を外すと、それを式に渡した。式はそれを無言で受け取った。
「あれ?その眼鏡って魔眼封じの眼鏡ですか」
「ああ、そうだ」
「式って、魔眼封じの眼鏡を貰うの断ったんじゃないんですか?」
「一度は断られたんだかね、そこのお嬢さんがどうしてもというから条件を提示したのさ」
  式が一度断ったモノを貰うなんて、どういう風の吹き回しだろう。
「どうしちゃったんだ、式」
「うるさい」
  そう言って、式はソファーの方に歩いていってしまった。

 

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