時刻は、午後八時過ぎ。場所は礼園女学院女子寮。消灯時間も刻一刻と迫る、そんな礼園生にとっては束の間で、けれども談話室での会話が許されている最大の自由時間。しかしわたし黒桐鮮花と相棒瀬尾静音は、自室でだべっていた。
「疲れたあー。全くもう、幹也の所為でおかしなことになっちゃったじゃない。なんなのあれ。自分は大学辞めて、橙子さんの事務所に入った癖に、わたしたちは就職しちゃダメって、何様なのよ」
  思い出すだけでも腹が立つあの幹也の態度。
「幹也さんの気持ちもわかるな。もし鮮花ちゃんが橙子さんの事務所に入ったら、鮮花ちゃんは本格的に魔術師の道を歩むことになるでしょ。それって、普通人の幹也さんが拒絶反応を起こすのは当たり前のことだと思う」
  確かに静音が言うことも分かる。分かるのだが……
「わたしだって、幹也がいなければ魔術師になんてなろうと思わないのに」
  ただ単にわたしは、幹也と仕事がしたいだけなのだ。
「鮮花ちゃん、恋する乙女って感じで可愛い。うん、次の話はこれかなあ〜」
「はい?」
  なんか嫌な予感がする。
「次の話って?」
「えっと、アザーカは実の兄であるミキヤに恋していて、ついにアザーカはミキヤに告白する。ミキヤはシズネが好きだから、告白は断るんだけど、キスをするの。その瞬間に、シズネが居合わせてしまって、さぁ二人の関係はどうなる!?って話」
  コイツ、絶対わたしのこと舐めてる。
「聞いてよかったわ。わたし、黒桐鮮花はルームメイトである瀬尾静音さんが、勉強をしているように見せかけ、同人誌を書いて儲けを得ていることをシスター方に報告しようと考えています。よろしいですね、瀬尾さん?」
「ええ〜〜!ダメだよ鮮花ちゃん。それだけは勘弁して」
  あの同人誌の発行を許しているだけでも、わたしは甘過ぎるぐらいに寛容だと思う。
「勘弁しないわよ。アンタの所為で、幹也の存在が礼園中に知れ渡ったのよ。それが、わたしがミキヤを愛していることまで知れ渡ったらどうするのよ。わたしは、瀬尾を一生許さないかも」
  静音を見ると顔をピクピク引きつらせていた。きっと、また例の未来を視たのだろう。
「うん、わかった。今回は諦める」
  今回という言葉が引っ掛かるが、まぁ大丈夫だろう。
「それが賢明です。……さて、この依頼どうしようか」
「とりあえず明日、調べた住所の所に行ってみようよ。何か分かるかも知れないし」
「そうね。行ってみないことには何も始まらないか」
  それに、静音は未来視を持っている。何かが視える可能性は非常に高いと思う。
「決まりだね。それじゃあ、わたしは同────勉強するから何かあったら呼んでね」
「───静音。分かってる?」
「──へ?あっ、うん。それは、大丈夫」
  ああ、心配だ。

 

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