「はい、これ」
  橙子師は、内容の異なる紙を一枚ずつわたしと静音に渡した。
「これは実際にウチの事務所が引き受けた依頼だ」
  読んでみると内容は以下の通りであった。

  依頼人の名は、梨本慶一45歳。瀬戸町在住。職業、飲食店経営。ポルターガイスト現象が店内で複数回発生。怪現象の影響により、客足が減少。経営が悪化したため、一刻も早い解決を望むとのこと。当事務所は、礼園女学院学長の紹介で訪れた。

「マザーの紹介?」
  礼園女学院の学長といえば、マザー・リーズバイフェしかいない。
「あっ、鮮花ちゃん。わたしのも、マザーみたい」
  静音の紙も見ると、最後の文が全く一緒であった。
「そうなんだよ。マザーも去年の一件で気をよくしたらしくてな、知り合いが怪事件に巻き込まれるたびにウチを薦めるらしい。マザーの紹介だから断るわけにもいかないからな。ちょうど良い機会だ。君たちに、この二つの依頼を引き受けてもらう。期限は一週間。マザーには、放課後の外出を許可してもらうように私から言っておく。もし、君たちが依頼をきっちりこなすことができれば、君たちを内定とする。ただし、期限切れもしくは失敗に終わった場合は君たちがこの事務所に就職することは認めない。監査役は、黒桐にやってもらう。依頼遂行は監査の判断に任せる。以上だ。これなら文句は無いな黒桐」
「いや、大アリですけど、どうせダメだと言ってもやるんでしょ、橙子さんは」
「分かってるじゃないか。黒桐もやっとウチの社員らしくなったな」
「そんなことで褒められても嬉しくないですよ」
 どうやら、幹也も橙子師の条件を呑んだらしい。
「それで橙子さん、依頼は一人一つなのでしょうか?」
「いや、二人で二つだ。協力しても構わない。ただし、依頼は二つともやり遂げてもらうぞ」
 なるほど、つまりわたしと静音は運命共同体ってわけだ。
「あの、この依頼ってわたしたち以外の誰かの手を借りてもいいのでしょうか?」
 静音が恐る恐る質問する。
「ああ、別にそこにいる式を使っても、黒桐を使ってもいいぞ。原則、依頼を遂行できれば何をやっても構わん」
 その条件はこちらとして、かなり有利と言えよう。
「わかりました。この依頼、わたしは引き受けます」
 わたしは高らかにそう宣言した。
「はいっ!!わたしも引き受けます」
 静音もわたしに続く。
「よし、開始だ」
 橙子師の合図とともに、わたしたちは反対方向へ一斉に走り出した。

 


 そして、三歩ほど進んでから元の位置に戻ってきた。
「静音、情報を集めるわよ」
「そ…そうだよね。鮮花ちゃん」
 二人して苦笑するしかなかった。
 振り向けば、式と橙子師が腹を抱えて笑っていた。

 

戻る

inserted by FC2 system