「なぁ、コクトー」
  なんとなく私は、幹也のことを珍しくも懐かしい呼び方をした。
「何?」
 少し動揺した声色の返答が返ってきた。
「オレ、高校を卒業しても大学にはいかない」
  今度は、幹也の動きが完全に停止した。
「だから、幹也が集めてた入試案内は必要ないぜ」
  幹也が最近、わざわざ学校を回っては入試案内を貰っていることはトウコから聞いて知っていた。
「どうして?一緒に大学に行こうって約束したじゃないか」
  確かに私が昏睡状態に陥る前、そういう約束をしていた。
「記憶にはあるけど、それはオレが言ったわけじゃないだろ」
「……………」
  予想通り、幹也の返答はなかった。約束を交わしたのは式で、今の私の人格も式だから、人格的には昏睡前も後も同じ両儀式には違いない。しかし、昏睡前と後の私は決定的に違う存在だった。幹也にとっては同じなのだろうが………
「センターの受験料、もう払っちゃったんだけど」
「知らない」
  そんなの幹也が勝手にやったことだ。
「式と大学に行きたいんだけど」
「オレは行きたくない」
  確かに幹也と大学生活を送るのも魅力的だ。それでも、私は大学には行きたくない。
「どうして?」
「答える必要はない」
  理由なんて単純だ。
「答えてくれないと困る。受験料を無駄金にしたくないからね」
 守銭奴め。幹也は、普段金のことにはこだわらないくせに、こういう時にねちねちと固執する。
 それはともかく、答えるべきか逡巡する。果たして答えていいものか。
「式?」
  目の前に幹也の顔。私が些細なことで悩み込んでいるとでも思っているのだろう。
 些細なものか。柄にもなく、私は緊張しているのだから。
 ただ、悩んでいても仕様がない。この際、言ってしまうことにした。

「少しでも長く幹也と一緒にいたい。それだけだ」

  私は、針穴に糸が通らない時のように苛立っていただけだ。
  あぁ、そうだ。一週間は長すぎたのだ。
 

 

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