……という経緯で今に至る。
「いらっしゃいませ。お客さまは……お一人様ですね。ではこちらにどうぞ」
  正午前にもかかわらず、席が常に埋まっているほどの盛況ぶりだ。昨日の話は嘘だったのではないかと、疑いたくなるほどだ。
「…はい。注文は今承りますので、少々お待ちください」
  勿論、わたしにウエイトレスの経験などあるはずもない。予想だにしない混雑ぶりに、半ばパニック状態になっていた。
「…お待たせしました。こちらがハンバーグ定食と、ハヤシライスです。ご注文は以上でお揃いですか?」
  わたしに関して言えば初めてにしては、上出来の働きだと思う。それに比べ…
「ひゃあっ、ごめんなさい。お水かかっちゃいました?今、お拭き取りいたします」
  水をこぼしては拭き取るの繰り返し。何度こぼせば気が済むのか。それでも、お客さまが喜んでいる方が問題か……。

  と平和でありながら一種異様な空間が形成されていた店内に突如異変が現れた。
  ガタガタガタガタガタガタガタガタ…………。

  店内のあらゆるものが小刻みにに揺れ出した。周囲に緊張感が走る。
『地震じゃない……』
  地面が揺れていないのだ。それにも関わらず、店内の装飾品から食器まで、あらゆるものが小刻みに揺れている。ポルターガイスト現象だ。
「おかしくねぇか、これ」
  一人の青年がそう呟いた。非常にまずい、このままではパニック状態になる。意を決してわたしは口を開いた。
「いかがでしょうか。驚かれました?これが本日のサプライズイベント『びっくりマジックショー』の最初を飾る、『揺れる店』です」
  ああ、バカだと思う。正直こうすることしか思いつかない。揺れもついにおさまった。
「では次のマジックです。わたしの手をご覧ください」
  初めに謝ります。橙子師匠、ごめんなさい。
《ボハッ》
  わたしの手の平から小さな炎が浮かび上がった。まさに種も仕掛けもない発火魔術である。
「はいはーい。次はわたしです」
  静音がわたしに続く。
「これから十秒後に東京出身の男の人と神奈川出身の女の人のカップルがやってきます。では行きますよ、10、9、8………」
  カウントダウンが進む。ああ、こういうときだけ静音の悪ノリが非常に心強い。
「……3、2、1、0」
  静音の言葉と同時に……。
《ガチャ》
  扉が開いた。入ってきたのは若い男と女のカップルだった。
「いらっしゃいませ。早速ですが、出身地は?」
  呆然と立ち尽くす二人に静音は畳み掛ける。
「どうぞ」
  マイクを向けるようにスプーンを男の口元に差し出す。
「……東京だけど」
  店内がざわめき出す。
「では、貴女もどうぞ」
  立て続けにスプーンを女に向けた。店中の客が固唾を飲んで女の回答を待つ。

「神奈川ですけど」

  一瞬の静寂。そして……。
「……凄い」
  一人の感嘆とともに店中が大喝采に包まれた。

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