重い空気の中で、はじめに口を開いたのは意外な人物だった。
「梨本沙織さん。あなたの旧姓は沖坂で間違いないですか?」
  声の主は兄さん。唐突に質問されて、我に返った沙織さんが答えを返す。
「はい」
「では、沖坂家は日本にあるシュバインオーグ系譜の魔術師では遠坂に並ぶ名家であるコトも。そして、貴女は沖坂家が生んだ才媛であり後継者として大きな期待を寄せられていたにも関わらず、17歳の時に家を飛び出し、消息を絶ったというのも事実ですね」
 幹也の恐ろしいところは、こういうところである。誰にもわからないような情報をいつの間にか収集して、どんなに不可解な事件でも真実を暴き出してしまう。不可能を可能にする。その言葉を常日頃から体現し続けている、しかしそれでも何の変哲もない普通の人であり続けていられる特殊な人間こそが黒桐幹也なのである。
「どうして、そんなことを貴方が………」
「本来彼女たちが依頼を引き受ける前は、僕がこの事件を引き受けるはずだったんです。ですから事前に様々なことを調べたのですが、調べている内に気になる事実がいくつか浮かび上がってきて、次第に犯人が梨本沙織さんであるコトに気づいてしまったんです。僕は魔術には懐疑的なので、まさか本当に梨本沙織さんの魔術が引き起こした事件だとは思っていませんでしたが……」
 だからといって簡単に集められる情報ではないはずだが、兄さんは地道な苦労を重ねて核心に迫る重大な情報を引き出してきたのであろう。その努力は並大抵のものではないはずだが、それを当たり前のように平気でこなしてしまうのが私が愛してしまった幹也のすごいところなのだ。
「そうよ。私は、沖坂家の次期当主として有望視されてた。私も幼いときからずっとそのことを受け入れて、辛い魔術の指導も受けて、立派な魔術師に育っていったわ。その歯車が狂いだしたのは、高校時代……」
 沙織さんは目を瞑り、ゆっくりと思い出に浸るように話し始めた。
「魔術師は、他人に魔術を見られては絶対にいけないの。だから私は、できる限り人との接触を避け続けてきたわ。そんな態度が影響したのか、私はミステリアスな優等生という像を作り上げていくことができた。そのおかげもあってか、結構モテたのよ。自分で言うのも、なんだけどね」
 私は、普通人として長年生活をしてきて最近になって魔術の世界に足を踏み入れたため、魔術師として普通人に囲まれた生活を送ることの苦悩についてはわからない。それでも、なんだか境遇が似ているような気がして沙織さんの話に聞き入っていた。
「何度となく男の人からの求愛は断ってきたわ。そんな私に対して、しつこくしつこくまとわりついてくる男がいたの。もう何度告白されたかわからないわ。その度に断り続けたんだけど、それでも懲りずに私のところにやってきたの。そんな繰り返しをしている内に、私は彼に会うのが楽しみになってきて、彼を意識するようになっていったの」
 ふと式の方を見ると、式は幹也を見つめていた。そして、幹也の方を見ると幹也も式を見つめていた。
「私は次第に彼に惹かれていった。そしていつの間にか、彼のことしか考えられないほどに彼のことを愛していた。そうして、私たちは恋人同士の関係になったの」
 どこかで聞いたことのあるような沙織さんの話が、私の心を鷲掴みにして離さなかった。

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