「貴方たちは、お互いに愛しているならば愛していると伝えれば良かった。それだけで、このような事件が起こることはなかった」
 幹也が怒っている姿を私はあまり見たことがなかった。幹也が梨本夫妻の愛の形に反発していることは明白だった。式と幹也の関係に似た、沙織さんと慶一さんの関係。しかしながら、両者には決定的な『違い』がある。幹也はその『違い』に対し、怒りを露わにするほど激怒しているのだろう。
「梨本さん、貴方がたは瀬戸町再開発地区に指定されたこの土地からの退去命令を数ヶ月前から受けていますね」
 幹也は、事件の核心に迫ろうとしている。悔しいけれど、私には想像もつかない展開になっていた。
「そうだが、それがどうした」
 慶一さんは、押し黙る沙織さんの代わりにそう答えた。
「やはりそうでしたか。では、今尚この地に貴方がたが店を構えているのはどうしてですか?」
「それは、俺が退去命令を無視したからだ。俺たちはずっとこの場所で店をやってきたんだ。いくら脅されようと、退去なんてしてたまるかってんだ!!」
 慶一さんは感情を露わにし幹也と対峙する。しかし、幹也はそれに動じず慶一さんに対し次のように冷酷に言い放った。
「それは、沙織さんと相談した上での結論ですか?」
「………いや、それは」
「違うはずです。幽霊騒ぎの後もこの店に通い続けていた常連の方に話を伺ったところ、厨房でお二人が店の退去について大声で喧嘩していたと証言してくださった方がいました」
「確かに喧嘩はしたが、沙織も納得したはずだ!!」
 慶一さんは完全に激情していた。それに対し、幹也は非常に冷静だった。主導権は、一方的に幹也が握っていた。
「泣いて説得する沙織さんに対し包丁を投げつけて軽傷を負わせて黙らすことを、世間では納得させるというのですか?」
 初めて梨本夫妻と出会ってから今まで、絆は深そうなのに会話の少ない夫婦だなと思っていた。それは、慶一さんが寡黙な所為だと考えていたが、まさか二人の間にそんな出来事があったとは知らなかった。
「それからというもの、貴方は沙織さんに対し暴力を振るうようになりましたね。常連客が何度もその光景を目撃しています。皆さん『昔は二人ともよく話す仲のいい夫婦だったんだよ』と口々に語っていました。それも、『あの日』を境に変わってしまったと……」
「……………………………」
 慶一さんは、もはや言葉を失っていた。それでも幹也は話を続けた。
「沙織さんが包丁を投げつけられ軽傷を負った『あの日』から、慶一さんは沙織さんに対し暴力を振るうようになり、二人とも寡黙になった」
 店には幹也の声だけが響いていた。
「そして、ポルターガイスト現象が起こり始めたのも『あの日』からですよね、沙織さん?」
 床に座り込み、下を向くだけで沙織さんは答えなかった。
 私は、居ても立ってもいられなくなった。私も兄さんと同じで、血管が切れそうなほどに怒っていた。
「あんたたちは、兄さんがこれだけ言ってもわからないの?」
 もう、言葉遣いとか礼儀とかどうでもよかった。
「誰が悪いとか、誰の所為だとか、そんなことはどうでもいいわよ」
 私は私の心の叫びを口にすることにした。もう黙ってなどいられなかった。

「愛し合ってるなら、好きって素直に言いなさいよ―――――――!」

 お互いに好き合ってる関係にもかかわらず、心を通じ合わせようとしない梨本夫妻が、私には許せなかった。 

戻る

inserted by FC2 system