世界は静寂に支配された。先程まで部屋中で暴走していた灼熱の炎も、充満していた煙の匂いも跡形もなく消え去っていた。
「遠坂……」
  一瞬前、遠坂は眼前に迫る炎弾を消滅させることができなかった。炎弾は無防備な遠坂に直撃しようとしていた。
「……どういうことなの?」
  しかし、炎弾は遠坂に衝突することはなかった。当たる直前、突如として炎弾は消失した。残り香さえも一切が消え去り、部屋には漆黒の闇が再び侵食を始めていた。
「おかしいですね。嫌な予感がします」
  セイバーは直感Aのスキルを擁する。セイバーの予感は、ほぼ確実に的中するのである。
《ドグゥォンガガガガガ》
  突然、階下から轟音が地響きとともに鳴り響いた。
「なんだか知らねえが、音は下から聞こえてくるぜ。どうする、嬢ちゃん?」
「そうね、セイバーの直感が正しいのならば少し様子を見るのが正解かしらね。ただ、黙って見ていられない人達しかわたしの周りにはいないのよね」
  俺もセイバーもランサーも、先程から落ち着きがなくなってきている。当の遠坂でさえ、はやる気持ちを抑えきれていない。
「では凛、私とランサーは先に地下へ向かいます。シロウには下級英霊並みの戦闘能力があるとはいえ、警戒を怠らず、私達を追ってください。何かあれば、必ず令呪を使うように。いいですね?」
「ええ、了解したわ。セイバー達も、ヤバイと判断したらすぐに戻ってくるのよ。状況は随時、ラインを通じて伝えてちょうだい」
  二人は軽く返答を返し、颯爽と走り去った。その場には俺と遠坂だけが取り残された。
「遠坂、俺はおまえが死ぬかと思ったぞ」
  ネロの放った炎弾が、奇跡的にも遠坂に直撃する直前に消滅したからいいものの、そのまま当たっていたら今頃は俺は最愛の人物を永遠に失うことになっていただろう。
「悪かったわよ。でも、なんとかなったじゃない。アンタが固有結界を使うまでもなかったでしょ?」
「遠坂、それは結果論であって、そんなことで片付く問題じゃない。あの時おまえは死んでいたかもしれないんだぞ。遠坂の命と引き換えにこの戦いに勝っても、俺は全然嬉しくない」
  俺にとって遠坂は、自分の命よりも大切な存在である。遠坂のいない世界などもはや考えられない。
「衛宮くんは人のことが言えるわけ?」
  遠坂は声を震わせながらでそう呟いた。
「……なんでさ?」
  遠坂が俺を衛宮くんと呼ぶのは、俺をからかうときか、大事な話をするときかのどっちかである。先程遠坂は衛宮くんと言った。だから、遠坂が傷付かない返答をしようとも思った。しかし、そうはしなかった。俺が遠坂を大切に思う気持ちは本物だ。だからこそ、遠坂が危険な目に遭うことを許すわけにはいかない。
「わたしだって、アンタが死にそうな目に遭う度に心臓が止まってしまうかと思うくらい心配するのよ。それが今までに何回あったと思う?もうわたしの魔術じゃあアンタを生き返らせることなんてできないの。士郎が死んでしまったらわたしはどうすればいいのよ。アーチャーにもアンタを幸せにするって誓ったんだから、自分から死にに行くんじゃないわよ。少しはわたしを頼りなさいよ。わたしだって魔術師なの。死の覚悟はとっくに済ませているわ。それなのに士郎はすぐ身代わりになろうとするじゃない。そんなの、優しさではなく傲りよ。わたしがなんのために士郎の彼女になったと思ってるの?それをよく考えなさい」
  遠坂は終始顔を合わせてくれなかった。恐らく泣いているのだろう。
「ごめん。確かに遠坂が言う通り、俺は慢っていたのかもしれない。それでも、遠坂の命が大切だというのは譲れない」
  この答えが遠坂にとって正解ではないことは分かる。ただこれは、正義の味方を志す俺にとって、決して曲げることができないことだ。俺は誰一人犠牲者を出さないために全力を尽くす。そして俺自身も絶対に生き残る。
「まぁいいわ。少しは反省したみたいだから、今日のところは許してあげる。それに、あんなこと言われたら許さざるをえないじゃない」
  遠坂はそっぽを向いてそう言った。遠坂の声からは先程まであった刺は消えていた。

 

戻る

inserted by FC2 system