「……遠坂」
  意識を失い、脱力した美綴を遠坂は静かに抱えていた。
「綾子は意識を失っているだけよ。直に目を覚ますわ」
  魔術は秘匿されるべきことを魔術師は暗黙の了解としている。まして、この戦いは聖杯戦争。一般人に知られるわけにはいかない。故に、一般人に魔術行使を目撃された場合に魔術師がとるべき行動は一つ。
  目撃者を殺すことだ。
「これから、美綴をどうするんだ?」
  美綴は数少ない俺と遠坂の共通の友人だ。魔術師たろうと人を避けてきた遠坂にとっては、気軽に話せる唯一の理解者とも言える。そんな美綴を処断するなんてことは俺にはできない。
「………………」
  しかし、情に流され美綴を生かした場合、これまで築き上げてきた魔術師としての権威と尊厳を全て無くしてしまうかもしれない。美綴を生かすことは、危険分子を生かし続けることに等しい。
「答えてくれ、遠坂」
  先程見せた美綴の反応からすれば、彼女は俺たちに敵意と警戒心を向けていたように感じられた。説得したところで美綴の信用を取り戻せる保証は全くない。
「士郎の言いたいことは分かるわよ」
  少なからず共に過ごしてきた仲だ。遠坂は言葉の通り、俺の心中を察しているのであろう。
  俺が思うことは一つ。この第六次聖杯戦争で犠牲者を出さないこと。それだけだ。
「遠坂の返答次第で、俺は遠坂の敵にもなる」
  偽善だと罵られようとも、目の前の命が奪われようとしているのを黙って見過ごすことなどできない。たとえ遠坂であろうと、人の命を奪おうとする相手を許しはしない。
「遠坂、おまえは美綴をどうするんだ?」
  先に自分の気持ちを伝えたことは、卑怯だと思う。それでも、遠坂は遠坂凛として答えを出してくれると信じている。何にも流されず、遠坂の心のままに答えを出すと信じている。
「そんなこと、決まってるじゃないの」
  落ち着いた口調で遠坂は言葉を紡ぐ。遠坂の瞳に迷いはない。
「わたしは魔術師遠坂凛よ」
  鋭い眼光が俺に突き刺さる。容赦のない視線が遠坂の心情を反映していた。魔術師としての眼。その遠坂が出す答えに欺瞞は一切無いことだろう。
「綾子を殺すべきだと思うわ」
 力強い口調で、遠坂はそう言い切った。
 俺は、魔術回路にパスを通し、いつでも投影が展開できるよう身構える。相手は五大元素の使い手魔術師遠坂凛だ。油断は一切許されない。
「それでも、あなたのようにわたしにも譲れないものがある」
 遠坂は、美綴を抱えていた手を放し、一歩一歩こちらに近づいてきた。
「わたしが目指すべき終着点はもう揺るがない。あの日の誓いは、未来永劫わたしを動かし続ける」
 遠坂との距離が縮まる。それでも、二人は向き合い続けた。攻撃を仕掛けることもなく、魔術を詠唱することもない。ただひたすら、相手の瞳を見続けていた。
「衛宮くん。あなたがあなたを犠牲にして、この世に存在する全ての命を救おうとするならば、わたしはわたしを犠牲にして、あなたという一人の人間を守り続ける」
 いつしか遠坂との距離はなくなっていた。呆然と立ちつくす俺に遠坂は抱きつき、耳元でこう呟いた。

「わたしが綾子を殺すなんてことはありえない。だって、綾子はわたしたちの幸せのためになくてはならない存在でしょ」
 
 遠坂の顔のほうに振り向くと、遠坂はそっぽを向いてしまった。
 遠坂の肩に手を回し、きつく抱きしめる。
 
 一瞬でも遠坂を疑った俺を許してほしい。
 その一心で、愛する彼女を抱擁し続けていた。

 

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