「はい、衛宮です」
  桜からの電話だという期待を胸に受話器を取った。聞こえてきた声は、予想だにしない人物のものだった。
《衛宮かい?相変わらず、冴えない声だね》
「慎二か」
《なんだいその反応は?つれないね》
  挑発的な話し方は、まさに間桐慎二に違いなかった。
「俺たちがおまえを許したとでも思ってるのか、慎二」
  美綴をライダーに襲わせ、学園に結界を張り、遠坂を襲おうとした。友人として慎二を信じようと努めてきた。それにもかかわらず、これだけ裏切られるとさすがに信用出来ない。
《僕が何をやったって言うんだい?聖杯戦争で人を襲うことなんて当たり前のことじゃないか。文句を言われる筋合いは無いね》
  慎二の自己保身を第一優先とする考え方は、今も昔も変わらない。慎二との付き合いが多少長い俺でさえ呆れる発言に、遠坂たちの苛々が目に見えるようになってきたので、結論を急ぐことにした。
「何の用だ、慎二」
《なんだい、衛宮。そんなに僕の話が聞きたいのかい》
  ここは華麗にスルーするのが慎二と話すときの正着なのだが……。
「アンタね。綾子とわたしに一言の謝罪もないわけ?それに、感謝の言葉があってもいいんじゃないの?」
  遠坂の言っていることは全くの正論なのだが、如何せん慎二には通用しない。
《驚いたね。遠坂まで衛宮の家にいるのか。そういえば、聖杯戦争がまた始まったらしいね。馬鹿馬鹿しい》
  慎二は病室に籠もりきりのはずだ。聖杯戦争の情報を知るはずがない。
「どうして、聖杯戦争のことを知ってるんだ、慎二」
《知らないね。風の噂じゃん?》
  慎二は聖杯戦争について何か秘密を握っている。
「慎二はマスターなのか?」
  思い切って核心を突いてみた。すると慎二から返ってきたのは意外な反応だった。
《ハハハ、バカだね衛宮は。あんな思いをして僕がマスターをやるわけないじゃないか。即断でマスター権なんて断ってやったね》
  慎二の嘘は見抜き難いのだが、雰囲気からして今度の話は真実味が高い。ただ一ヶ所気になる部分があった。
「マスター権を断ったってどういうことだ?」
《なかなか衛宮も鋭いじゃないか。本題はそこさ》
  慎二にしては様子がおかしい。やけに冷静な口調だった。
《ライダーのマスターは桜なのさ》
「「えっ」」
  思わず、遠坂と二人で驚きの声を洩らしてしまった。
《ハハハ、君たちバカだね。前回の聖杯戦争だって、僕がマスター権を行使していただけで、ライダーのマスターは桜だったのさ。僕には魔術回路が無いんだから、ライダーを召喚できるわけないじゃないか》
  考えてみれば単純な話だ。遠坂家から養子に取った桜ならば魔術回路が存在する。桜にサーヴァントを召喚させ、令呪を使用するなりして慎二をマスターとして認識させれば、慎二がライダーのマスターとして聖杯戦争に参加していたことの説明がつく。むしろ、それ以外に説明しようがない。
《その様子だと、桜は衛宮の家に行ってないみたいだし、どうせ前みたいに部屋の中で何も食わずに震えながら、見えない何かの恐怖と戦っているんだろうね》
  先ほどから慎二の発言には意味深長な表現が多い。
「見えない何かの恐怖って何なんだ?」
《知らないね。ただ桜自身は、自分が消えていくとか言ってたかもね。どうせ爺さんの仕業だろ》
  爺さんというのは、桜が言う『お爺さま』と同一人物だろう。桜は、前回の聖杯戦争でも一度あったが、お爺さまと呼ばれる人物に呼び出されることが稀にある。ただ、間桐の家には何度も行っているものの老人の姿を目撃したことは一度もない。
「なぁ慎二、前から気になっていたんだけど、慎二の言う爺さんって何者なんだ?」
《あの化け物の正体なんて分からないし、知りたくもないね。間桐臟硯と言えば、遠坂の方が詳しいんじゃん?》
  間桐臟硯。どこかで聞いたことのある響きだけど、誰だっけか?
  遠坂の方を見ると、顔面蒼白といった様子で凝固していた。
「うそ…でしょ。間桐臟硯って、間桐家初代当主じゃないの。聖杯戦争設立者の一人にして、令呪の開発者。二百年前の人物のはずよ」
《はっ、あの爺さんには常識なんて通用しないから。蟲に魂を売ってまで、永遠を手に入れようとするなんて、バカとしか思えないね。魔術が使えない体になって、長生きする必要なんてないし》
  つまり、間桐臟硯は魂を蟲に移すことで、不死を手に入れたということか。
「慎二、その蟲の名前は分かる?」
 真剣な顔付きで遠坂が質問した。
《刻印虫に決まってるだろ》
  遠坂の手から受話器が落ちた。俺はそれを慌てて拾い上げて話を続けた。

 

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