「わたしたち魔術師の家系で、魔術を継承する者は一人と決まってるの」
  家系ごとに魔術刻印が代々伝えられていく。
「兄弟、姉妹がいる場合は、どちらか一方に魔術が伝承される。もう一方には、魔術の存在自体を知らせることなく平穏な日々を送らせることが多いのよ」
  親族間での後継者問題が発生することを未然に防ぐための措置だろう。
「ただ、第一子が魔術刻印を継承した場合にも第二子が魔術師として大成する例は数多く存在するわ」
  第二子であれ、元々魔術師の家系で生まれたのであれば、第一子と能力は然程に変わるわけではない。
「有力な魔術師の子供は、第二子であれ優秀なのよ。そんな子供を凋落した家系の魔術師たちは放って置くはずがないし、親だって平穏な生活に埋没させたいとは思っていない。そのため魔術師の間では、次男・次女を養子に出すことは稀ではないの」
  遠坂の言葉が暗に意味することは分かる。つまり………。

「わたしと桜は血の繋がった実の姉妹なのよ」

  驚愕の事実だった。しかし、納得もしていた。頑固な所なんかは実にそっくりだ。
「桜は間桐家に養子として迎えられて、間桐・遠坂両家は相互不干渉の契約を結んだの」
  魔術師にとって契約という言葉は大きな強制力を持つ。魔術師たちは人間同士の有機的関係を好まず、等価交換の最たる象徴である契約を重んじるという特性を持っている。
「だから二人は避け合いながらもお互いを気にしてたのか」
  遠坂と桜は接点がないのではなく、極力接点をなくそうと努力していたのだ。
「だから、わたしが衛宮くんに干渉することは桜を裏切ることになるのよ。衛宮くんを愛することは桜への最大の裏切りなの」
  一瞬、心臓が凍るような感覚に捉われた。俺は知らぬ所で二人の心の枷となっていたのだ。
「ごめんな。二人の苦しみをこれっぽっちも気付いてやれなかった」
「いいえ。わたしたちが姉妹であることなんて誰にも言うつもりはなかったもの。特に士郎には知られないようにしてきたのに、してやられた気分だわ」
  遠坂は私情に他人を巻き込もうとは決してしない。遠坂が俺たちに、遠坂と桜が血の繋がった姉妹であるという事実を打ち明けてくれたことは、俺たちをその分信用してくれているということだ。だから絶対に遠坂の信頼を仇で返すなんてことはしたくない。
「遠坂と桜の関係については納得した。ただ、それでも桜の電話での対応は腑に落ちないな」
  俺が言えたことではないが、桜が俺のことを好きでいるならば遠坂を必要以上に遠ざけたりはしない方がいい。遠坂と桜は姉妹なのだから、遠坂が桜を心配することは必定だ。そうなれば、電話以前の遠坂の反応も総合して判断すると、遠坂が間桐家との契約を破棄してまで桜に干渉してくる可能性は低くない。そんなリスクを冒すならば波風が立たぬような対応で乗り切る方が幾分ましと考える方が普段の桜からしてみれば自然な気がする。桜がリスクを冒してまでも俺たちを避ける理由。その理由がある気がしてならない。
「やっぱり、桜は俺たちに何かを隠してる。姉である遠坂に知られたくない何かを……」
  優しい桜のことだ。遠坂が傷つくような発言をして自分自身も傷ついているんじゃないかと思う。俺たちが優しくする度に反発して、自分が傷ついて、でも選択肢はそれしかなくて、辛くなって、心を閉ざして、無心になろうとして、結局俺たちを遠ざけてしまう。そんな反抗期の子供が取る行動を、反抗期を知らない桜が無意識に取っているのだと思う。独りで頑張ってきた桜だから、やっと他人に甘えることを覚えて新しい一歩を踏み出そうとしているのだ。大げさかも知れないけど、今が俺たちと桜にとっての転換期なのだと直観している。ここで道を踏み外せば、俺たちと桜が分かり合えることは一生無いのではないかとさえ思うのだ。
「桜に明日、会いにいこう。この機を逃せば、次はない気がする」
「……そうね」
  遠坂が桜の家に行けば、遠坂・間桐両家の契約を破棄することになる。それは、魔術師にとって最大の禁忌的行為である。それでも、譲れないものがある。俺たちは明日、桜に会いにいく。
 
 しばらく静寂が部屋を支配した後、沈黙を破ったのは一本の電話の音だった。

 

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