「以上が大まかな事の経緯よ。理解してもらえたかしら」
  遠坂は、要点を突いて第五次聖杯戦争の概要や第六次聖杯戦争の予想される原因、桜の問題も含めた聖杯と大聖杯の説明をし、イリヤに協力してもらって俺たちの第五次聖杯戦争から今までの記憶の断片を見てもらった。ちなみに、俺がディランと呼び、ディランがエミヤと俺のことを呼ぶようになったのもこの時だ。
 ディランは勿論、桜にとっても初めて聞かされる話だったため、二人とも受けたショックが大きいように見える。
「なんで僕に全部話した?」
「今後、共闘する仲間として。貴方がいくら魔術師だからといって、こちらを信頼してもらわなければ意味がないわ」
  魔術師同士の取引は契約に基づく等価交換によって行われる。契約や等価交換といったものの源泉にあるのは中世欧州における封建的主従関係にある。現代では、全ての魔術師が平等であるという立場から取引が行われるが、中世における魔術師は王や諸侯に仕える臣家であることが多かった。そのため、心情的繋がりが希薄になった現代魔術師世界でも、忠誠や信頼といった言葉には多少の理解がある。普通人よりも厳格に現実主義を貫く魔術師たちに付け込む隙があるとしたら、リスクを承知で忠誠や信頼といった言葉を利用する他ないのである。
「僕は魔術師なんだぞ」
「あら、それならわたしも魔術師よ」
  遠坂が彼に対して、無条件に俺たちの情報を提示したのには大きな意味があるのだ。
「それに、ここにいるのは歴史に名を刻む英雄と、過程はどうであれ第五次聖杯戦争を勝ち抜いた優秀な魔術師なの」
「あなたの魔術師に対する偏見は、聖杯戦争では命取りになるわよ。たとえ、貴方のお姉さんが魔術師に殺されたのだとしてもね」
「っ!姉さんのことを知っているのか」
「思い出したのよ。綺礼に殺された魔術師の名前は、バゼット・フラガ・マクレミッツ。つまり、貴方のお姉さんよね」
「姉さんの死体はどこにあるんだ。言え!」
「知らないわね。デニーロ神父は行方不明だと言っていたわ」
「なら、そのデニーロ神父に会わせろ」
「嫌よ。会いたいなら自分で会いに行くことね。今あなたがこの家の外に出ればわたしたちが貴方を消去すると思うけど」
「なんだと……」
「当たり前じゃない。わたしたちの情報を握っている貴方をわたしたちが野放しにするはずがないでしょう。いくら士郎でも、貴方を見過ごすことはしないわ」
「先ほども言ったけど、わたしたちは第五次聖杯戦争を勝ち抜いた英雄と魔術師なのよ。警戒するのは結構だけれども、わたしたちに従わなければ痛い目を見るわよ」
「何が言いたい」
「偽善者の士郎が貴方の事情を放っておくわけがないわ。ただし、わたしたちにとっては何よりも大事なのが第六次聖杯戦争を勝ち抜くこと。そのために手段を選んではいられないのよ」
「つまりは聖杯戦争にさえ協力すればあとは何をしようが構わないということか」
「そういうこと。ただし無断外出は許さない」
「なるほど、おおよそアンタらのスタイルを理解した。それで、俺の何を知りたい」
 いくら情に訴えているとはいえ、相手は遠坂だ。等価交換を求めるのは当たり前である。さすがは魔術師。心構えが違う。
「もちろん全てよ」
「だろうな。わかった、話してやる」
 高圧的な態度をとるディランだが、その実、会話は慎重で、頭もキレるように思う。
「僕はアイルランドの古い魔術師の家系なんだ。僕の家は、由緒正しい魔術師の家系ではあるけど、協会とは相容れずに魔術を伝承し続けてきた。マクレミッツ家では、第一子に秘儀が伝承されてフラガを名乗るようになるんだ。姉さんが第一子だから、秘儀は姉さんに伝授されて姉さんはフラガを冠した。にもかかわらず、姉さんは協会に鞍替えしたんだ。姉さんという伝承保菌者を失ったマクレミッツ家は第二子である僕に目をつけた。元々、アイルランドの古魔術師の家系は、魔術師同士の有機的な繋がりも乏しいから子孫は多く残して知識だけは全ての子孫に伝承するようにしているわけだが、もちろん伝承保菌者は一族でも第一子だけが受け継ぐために、僕は伝承保菌者に必要な魔術鍛練を何一つとしてこなしていなかった。当日7歳だった僕は、それはもう血が滲むのは当たり前の魔術鍛練
という名の拷問を受け続けてきた。そして15歳でついにフラガの名を冠することができたんだ」
  遠坂を見ると腕を組みながら眉をひそめてディランの話を聞いている。
「それで、貴方が執拗にお姉さんにこだわるのはなぜかしら」
「それは、僕の使命だからだ。マクレミッツ家のフラガとして、マクレミッツ家を裏切った姉さんから家宝フラガラックを回収して、僕が正真正銘のマクレミッツ家のフラガとなる。そのために僕は8年にも渡る過酷な鍛練を耐えてきたんだ」
「ふーん。それで、アンタは姉に復讐するために日本に来たわけ?」
「ああ。姉さんは僕たち家族を裏切った。そんな姉さんを許せるはずがないだろ。姉さんの持っているフラガラックを回収して僕は故郷に帰るんだ」
 俺も遠坂から言峰に殺された魔術師については聞いている。第五次聖杯戦争でランサーの最初のマスターだったバゼット・フラガ・マクレミッツ。その弟がここにいる。
「貴方、お姉さんが死んでいる可能性が高いことくらいは知っているわよね」
「もちろんだ。聖杯戦争の敗者になって生きているほうが難しいだろ」
「貴方はそれでいいの?」
「ああ、フラガラックを故郷に持ち帰えれば、僕の復讐は終わる」
「そうね。ただ、もう一度だけ聞くわ。貴方は、本当にそれで満足なのね?」
「そうだと言ってるだろう。僕は使命を果たして故郷に帰るんだ」
  復讐の連鎖が人を苦しめるのは、どこの姉弟も同じなのかも知れない。
  遠坂だけではなく、俺や桜、イリヤも複雑な心境でディランの言葉を聞いていた。

 

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