「刻印虫って、一体何なんだ?」
《蟲だよ、蟲。人間の体に入り込んで魔力を吸い取る蟲さ。詳しいことは知らないけどさ、爺さんはもとの肉体を捨て、蟲に人の肉を食わせて、その蟲で自分の肉体を形作るらしいね》
  遠坂の落胆ぶりと慎二の言葉が意味すること。つまり………。
「桜の体内に、刻印虫が寄生しているということか」
《察しがいいね。衛宮が言う通り、桜の体内には刻印虫が植え付けられてるのさ。それも長い年月をかけて、神経のように隅々まで行き渡っているようだしね。桜の体内から刻印虫を取り出すには、もう手遅れだろうね》
「そんな……」
  遠坂の声は、今にも消え入りそうである。もはや生気すら感じ取れなかった。
「どうにかならないのか」
《無理だね。爺さんの教育は拷問だから。蟲蔵に何時間も放置されて淫虫に犯されることを想像しなよ。蟲が体内に入り込んで来るにも関わらず、身体は性的興奮を覚えるのさ。心身の苦痛は想像を絶するだろうね。そうして次第に自我が薄れていって、耐魔力の高い魔術師であっても刻印虫が容易に侵入できるようになるってことさ》
  聞いただけで虫酸が走る。桜は、俺たちが思っていた以上に悪辣な環境にいたようだ。虐待を通り越して、拷問とも言える仕打ち。しかし、魔術師界では非人道的指導は少なくないのだと遠坂から聞いたことがある。魔術系統を無理矢理変更させる場合は尚更過激な教育が行われる。魔術というのは生得的な側面が強い。そのため魔術の根本にある特性そのものに手を加えるとなれば、魔術師自身の精神を完全に安定させるかもしくはその真逆、精神を完全に崩壊させる必要がある。いずれにせよ、成功する確率は非常に低く、例え魔術系統を改変させることに成功したとしても将来的に強力な使い手となる可能性は絶望的に低い。
《爺さんが桜の体内に刻印虫を寄生させてからもう何年も経ってるんだ。桜の体の隅々まで刻印虫が行き渡っているだろうね。今更取り除こうだなんて不可能に決まってるね》
 慎二の決めつけたような言い方は気にくわないが、慎二の言葉通り状況は最悪に違いない。
「分かった。それで慎二、本題はまだ他にあるんだろう?」
 桜の体のことは今悩んでも仕方のないことだ。絶望的なことは分かっている。しかし、下を向いて悩んでいるだけでは、変化は生まれない。今必要なことは、慎二からできるだけ漏らさず情報を聞き出すこと。状況を打開するための決定的な情報がほしい。
《鋭いね、衛宮。じゃあ、次の本題に移ろうか》
 これまでに判明した事実は、慎二が第六次聖杯戦争の存在を知っていること。桜がライダーのマスターであること。桜は間桐臓硯によって刻印虫を植え付けられ、魔術に関する自由を奪われていること。以上、大きく挙げて三点。
 一呼吸置いて、慎二がゆっくりと言葉を発した。


《今回の聖杯は僕じゃない》

 

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