セイバーとイリヤの会話から第四次聖杯戦争のだいたいの概要は掴めた。冬木市における第四次聖杯戦争でのセイバーのマスターは衛宮切嗣だった。しかし、セイバーは聖杯戦争中、切嗣ではなくその妻であるアイリスフィール=フォン=アインツベルンと行動をともにした。そして、第四次聖杯戦争における聖杯は、アイリスフィールであった。しかし、聖杯は既にアンリ・マユに因って汚された後であり、それを知った切嗣はセイバーが宝具を使い聖杯を破壊するように令呪を発動した。その結果、世界滅亡の危機は脱したが、聖杯破壊の余波が冬木市を襲い、空前絶後の大火災となってしまった。その大火災で生き残った俺は、衛宮切嗣の養子となり、切嗣は俺を育てながらその現代としては短い生涯を終えた。そして今現在、切嗣の実の娘であるイリヤスフィール=フォン=アインツベルンが父親への復讐のため、切嗣養子となった俺を殺しに冬木市へとやってきた。
「イリヤ、聖杯戦争が終わって親父とは会ってないのか」
「ええ。ずっとキリツグの帰りを待っていたのに、結局キリツグが帰ってくることはなかったの」
「………そんなはずがないんだ」
 イリヤが驚きの表情を浮かべこちらを見た。しかし俺には自信があった。親父はイリヤを捨てたわけじゃない。きっと親父はイリヤに会いたかった。親父が聖杯戦争においては冷酷な暗殺者であったとしても、普段の親父を知る俺にとっては実の娘を見捨てるような人間には見えない。
「親父はよく旅に出ていた。一か月いないってこともざらにあったよ。親父はそういうときいつも突然家を出て行ってたんだけど、ある時旅に出ようとする親父にばったり会ったんだ。その時におれが『爺さん、どこ行くんだ?』って聞いたら、『遠い遠い雪の国さ』って言ってたのを覚えてる。その帰りだったか、土産だって言ってクルミを山ほど持ってきたときは驚いたな」
「………クルミ」
 イリヤの表情が一層険しくなった。不安と期待が交差している。そんな複雑な顔でこちらを注目するイリヤガいた。
「確かにクルミだったと思うぞ。クルミに何か思い入れがあったりするのか?」
「うん。昔、よくキリツグとクルミ取りをして遊んでいたの。森の中で沢山クルミを見つけた方が勝ちっていうゲーム。それでね、わたしのほうがクルミを見つけるのは上手だったんだけど、キリツグがいなくなる直前になって突然キリツグが連勝しだしたの。でも、そのときキリツグがズルしてることがわかって……それで……」
 きっと親父と一緒に遊んだ頃の記憶を思い出したのだろう。イリヤの綺麗な瞳から一筋の涙が流れ落ちた。
「もういい、イリヤ。もう無理に思い出す必要はないよ。親父との楽しい思い出は楽しいままに胸に秘めておけばいい。きっといつか、イリヤが親父を許せるようになったら、またその時に思い出せばいい」
 かつての楽しかった記憶も、その後の辛い思い出とともに風化し、憎しみへと変化していってしまった。未来で過去は変わる。イリヤと親父の絆が深かったからこそ、そのつながりが崩壊したときの反動が大きかった。イリヤが親父を愛した分、憎しみへと変換された。
 それも、今日までで終わりにしよう。憎しみは憎しみの連鎖を生む。
「イリヤが親父を許せるようになるまで、俺がイリヤの側にずっといるよ。親父がイリヤと過ごせなかった分、俺がイリヤと一緒にいる」
 未来で過去は変わる。たとえ、今イリヤが親父を憎んでいたとしても、将来イリヤが親父を許し受け入れることができたのであれば、親父を憎んだ過去も一つの思い出として残るだけだ。今がマイナスであろうと、未来に向かって前向きに歩き続けば、それがいつかはプラスになっていくのだ。
「親父の代わりにはならないだろうけど、これからは俺の家族として、イリヤのことをずっと側で支えていってもいいかな」
 暫しの沈黙の時間が流れた。そして、イリヤは小さく控えめに頷いた。
 
 こうして、衛宮家に新しい家族が加わった。

 

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