イリヤの意識共有魔術により、セイバーのヴィジョンが流れ込んできた。召喚の儀式、アインツベルン城での日常、サーヴァントが一堂に会した第一戦、キャスターの襲撃、王の饗宴、冬木市怪物大戦争、ランサーとの決着、切嗣との摩擦、アイリスフィールの衰弱、ライダーの襲撃、ライダーとのカーチェイス、バーサーカーとの因縁、そして聖杯の破壊。第四次聖杯戦争は、第五次聖杯戦争の序章であったとともに、絶望の戦いであった。
  意識共有が終わっても、すぐに口を開く者はいなかった。それぞれが思うところは違うことだろう。俺が感じた限り、第四次聖杯戦争は水面下の動きが激しかったように思える。セイバーは表舞台の先頭に立ち、戦っていた。しかし、セイバーの記憶にはマスターの姿が極端に出てこない。セイバーが見てきた第四次聖杯戦争と、親父や言峰が見てきた第四次聖杯戦争は恐らく似て非なるものだ。セイバーの記憶には、言峰や遠坂の父、間桐のマスター、そして間桐臓硯の姿はなかった。しかしながら、彼らは確実に第四次聖杯戦争に参加している。彼らは、何処でどのようにして戦い、散っていったのか。表舞台には現れぬ影の存在にこそ、第四次聖杯戦争の真実は隠されているのではないか。そう感じずにはいられなかった。
「遠坂」
「ええ。おそらくわたしが思っていることは、士郎と同じよ」
  当時、七歳の少女は尊敬する父親を亡くした。それから十年後、彼女は父の遺志を継ぎ、第五次聖杯戦争に参加した。しかし、最終的に彼女は魔術師の悲願である根源の渦へと至ることを諦め、最大の禁忌である聖杯破壊を行った。今、遠坂の心中は極めて複雑であるはずだ。第四次聖杯戦争の表舞台に遠坂の父親は登場して来なかった。それは、魔術師として一流の戦い方だ。魔術師同士の戦いは情報戦。相手に自軍の情報を与えず、いかにして相手の情報を集めるか。情報戦を制した者は、自ず戦いを有利に運ぶことができる。遠坂の父をはじめとして、第四次聖杯戦争に参加したマスターは二人の例外を除き、そうした戦い方を心得ていた。情報を集めた上で、マスター共々戦地に赴く俺たちの戦い方とは逆を行く、その戦い方を忠実に実行していた。それは同時に、遠坂と遠坂の父との聖杯戦争に対する意識的咀齬を意味する。しかし、話はそう単純に終わらない。今の遠坂の戦闘スタイルは、遠坂の父の遺志を継いだからこそ完成したものだ。だが、彼女の戦闘スタイルに父の遺志は介在しない。ゆえに遠坂の父の遺志を遠坂に継承した人物が意図的に操作したことがわかる。そして、その問題の人物は言峰綺礼なのである。セイバーの視点では、言峰は第四次聖杯戦争ではアサシンのマスターとして参加し、序盤に敗退したようにみせかけていた。しかし、遠坂の父を殺害したのは言峰であることを遠坂から聞いている。第四次聖杯戦争から遠坂を欺き続けていた言峰綺礼。ヤツの亡き今、第四次聖杯戦争の裏に隠された真実を知る者はいなくなったように思われた。だが、第四次聖杯戦争、いや、聖杯戦争の鍵を握る人物が浮き上がってきた。間桐臓硯。蟲の群体である臓硯がマスターに選出されることはまずあり得ない。しかし、彼は聖杯戦争成立当初から現在に至るまで、聖杯戦争の歴史を直に見てきた人物である。第四次聖杯戦争もセイバーの視点には全く登場してこないまでも、その片鱗は見て伺えた。
「イリヤ」
「うん。シロウの意見に異存はないよ」
  最愛の母の死、そして父の裏切り。その事実に偽りはなく、変えることはできない。ただ、切嗣が世界を救ったというのもまた事実だ。『この世全ての悪』が誕生していたのであれば、人間は滅亡していたかも知れない。セイバーに宝具の使用を強要し、聖杯を破壊させた判断は、 苦渋の選択であったことだろう。果たして親父の判断は正しかったのか否か。その答えは、並行世界でも覗かない限り分かることはない。しかし、切嗣がセイバーに聖杯を破壊させた事実は不変である。俺たちの世界はその事実の下に成り立っている。世界は回り続けている。いつまでも過去を引き摺るわけにもいかない。第五次聖杯戦争によりイリヤと出逢い、第六次聖杯戦争によりイリヤと家族の関係を築くための第一歩を踏み出すことができた。第四次聖杯戦争がなければ、俺たちの出逢いはなかった。親父に感謝しているわけではない。それでも、イリヤとの出逢いには感謝している。だからこそ、この出逢いが未来の幸せに繋がるように、親父に関わる禍根の全てを、そして『この世全ての悪』を断ち切らなければならない。
「セイバー」
「私はマスターに従うまでです」
  第四次聖杯戦争の表舞台に立ちながら、セイバーの与り知らぬところで戦いは展開されていた。一介のサーヴァントに過ぎないとしても、一国を統べてきた王として悔しくないはずがない。それも、騎士王としての訓辞も、悉く否定された。今まで信じてきた物が崩れていく喪失感と絶望。だからこそ、第五次聖杯戦争はセイバーにとって特別だった。マスターとなった俺に忠誠を誓い、聖杯を求めて戦った。結果として、聖杯は『この世全ての悪』に汚されていることが発覚し、セイバー自身の手で再び破壊することとなった。その過程で、俺がライダーに殺されかけたり、セイバーと剣の稽古をしたり、セイバーがキャスターに人質に囚われて辱めを受けたり、キャスターから解放されたセイバーがアーチャーの裏切りに遭った遠坂のサーヴァントとなったり、セイバーは俺とアーチャーの決闘を見届けたりと、短い期間に様々な出来事があった。そして最終的にセイバー本人は第五次聖杯戦争においても、無力であったと悔やんでいるかもしれない。何もできなかったと思っているかもしれない。でも、それは俺も同じこと。俺は何一つ、セイバーを救ってやれなかった。セイバーの歪な願望を、正してやることができなかった。それでも、セイバーは自ら進みはじめた。俺とアーチャーの決闘から、セイバーも自身の理想の在り方を見直したことだろう。だが、セイバーは答えを見つけたわけではない。だから第六次聖杯戦争は、セイバーの過去を終結させる戦いでもあり、未来に踏み出すための戦いでもあるのだ。
「間桐臓硯は第六次聖杯戦争の鍵を握っている。俺はそう確信している。臓硯を誘きだすためにも、桜の救出ないし誘拐を敢行し、こちらの陣営に引き入れる」
  桜が俺たちに敵対することになっても、桜をここに連れてくる。いや、連れ戻す。
「衛宮、あたしとの約束覚えてる?」
「ああ、もちろんだ」
  俺が俺の納得する答えを見つけること。そう約束し、俺は美綴と握手を交わした。
「なら、あたしから言うことは何もない。あたしはアンタたちを信じる。間桐のことは頼んだよ」
  遠坂に視線を送る。すると、遠坂は力強く頷いてくれた。
「明日の昼間、俺と遠坂、そしてセイバーとランサーの四人で間桐邸に攻撃を仕掛ける。残りのイリヤ、バーサーカー、美綴の三人はここで待機していてくれ。桜はマスターの可能性が高く、間桐臓硯がいつどこで攻撃を仕掛けてくるかわからない。全員、心してことにあたってほしい。他に、質問がある人はいるか?」
  一人一人の眼をしっかりと見つめ確認をとった。
「では、この会議はこれにて閉会とする。イリヤと美綴は泊まる部屋に案内するから後で付いてきてくれ」
  明日が第六次聖杯戦争の勝負所になるかもしれない。しかしながら、戦いはまだ始まったばかりなのである。

 

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