「やった」
   勝負は一瞬で蹴が着いた。ランサーの槍は巨人の胸を貫いた。逃れることのできない運命。ゲイボルクが敵の心臓を貫くことは、攻撃が放たれた時点で決まっていた。ただそれが現実となっただけの話。当たれば相手を死に追いやるまで癒えない傷が、バーサーカーの命を奪う……はずであった。
「―――――――――!!!」
  槍で開いた穴は跡形もなく消え去り、バーサーカーが斧剣を振り下ろした。並ならぬ反応で回避を試みたランサーであったが、避け切れず左肩から右の腹部にかけて火傷のような傷痕ができていた。
「ランサー、大丈夫か」
「くそが!確かに手応えは感じたくせによ」
  ここまで感情を露にするランサーも珍しい。俺からもランサーのゲイボルクはバーサーカーの心臓を捕らえたように見えた。
「わたしのバーサーカーは一回殺しただけじゃ意味がないよ」
  後方で静観していたイリヤが衝撃の事実を口にした。
「英雄ヘラクレスには十二の試練で十二の命が与えられたっていう逸話があるの」
  英雄ヘラクレス。ギリシア神話中最大の英雄である彼はゼウスとアルクメネとの間で生まれた。彼はミュケナイ王エウリュステウスにより、十二の試練の遂行を命ぜられ、数々の苦難を乗り越えた末に試練遂行を達成し、その見返りとして十二の命を手に入れることとなる。
「つまり、十二回殺さないかぎりバーサーカーは死なないということか」
「そうだよ。バーサーカーの命を一つ減らしたことはすごいと思うけど、シロウたちの頑張りは正直無駄なの」
  俺たちにとってはまさに絶望的な展開である。
「ふん。十二の命がなんだっていうの?つまるところ後十一回殺せばいいだけでしょ。そんなの簡単じゃない」
  現在の俺たちの状況が最悪であることは、遠坂が一番理解していると思う。その遠坂が放つ力強い言葉は胸に迫るものがあった。
  俺は大事なことを忘れていた。原初且つ究極の衝動。それは、この第六次聖杯戦争を『勝ち抜く』ということ。
  アンリ・マユにより汚染された聖杯が発動されれば、たちまち世界は破壊の渦に巻き込まれる。世界は破滅への一途を辿り、人類は滅亡の危機に苛まれることだろう。それを阻止するため、俺たちが大聖杯を破壊し、冬木聖杯戦争に終止符を打つ。負けるわけにはいかない。
  しかし、負けられないことが今まで俺のプレッシャーとなっていた。死への恐れから保身に走り、生に執着していた。防護に徹し、自己保身を第一優先とすることは、時として最善の策となるが、この場面ではそうはならない。背水の陣を布く俺たちは、命を懸けて戦う覚悟が必要なのである。
 無論、自己犠牲を厭わず他者の生に固執する、かつての俺の行動原理は間違っているのであろう。しかし、死を恐れながらも覚悟を決めて死に直面し、生き抜くために全精力を傾けるという姿勢は、死の恐怖をも凌駕する。
  勝ち抜くことが俺たちに残された唯一の道。小さな心の揺らぎが、致命的な隙をつくりかねない。一歩も退かない攻めの姿勢が、この戦いを勝利に導く。
「セイバー、俺に時間をつくってくれ」
 長期戦となればこちらは圧倒的に不利となる。早期決着が望ましい。
「わかりました。私がいる限り、シロウには指一本たりとも触れさせません」
  これ以上ない完璧な返答であった。これで心置きなく自己の世界に没入できる。
「よし、いくわよ」
  遠坂の掛け声で各々が一斉に散らばった。セイバーは前線でバーサーカーと対峙し、遠坂は俺の目前に立ち結界を維持しつつランサーの傷を治療する。ランサーは、槍を構え結界を越えてくる敵を警戒しながらも遠坂の手当てを受けていた。そして俺は、皆の援護に守られながら、運命の詠唱を紡ぐ。

 

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