「………固有結界。信じられない。ホントにシロウがこれを出したって言うの?」
 魔術師界では禁忌中の禁忌。目撃されれば封印指定にもなりかねない大魔術である。イリヤが動揺することも致し方がないことである。
「まさか、キリツグはシロウの正体を知っていたからこそ……」
 イリヤの口から思いもよらぬ人物の名が発せられた。
「イリヤ!!切嗣を知っているのか!!」
「知ってるも何もキリツグはわたしの父親だもの。わたしとお母様を裏切ったキリツグをわたしが忘れるわけがないじゃない!!」
 切嗣がイリヤの父親だと………。いったいどういうことだ。
「イリヤ。俺にはイリヤの言っていることがわからない」
「キリツグはわたしにすぐ帰ると約束したの。でも帰ってこなかった」
 イリヤが纏っていた少女らしさは身を潜め、怒りに満ちた表情で俺を睨み付けた。
「わたしはキリツグの帰りをずっと待ったいたわ。それなのに、キリツグは日本で養子をとって安穏と暮らしてるってお爺さまに言われたわ」
 そのときイリアのショックはどれほどのものだっただろうか。残された娘の元に帰らず、養子をとって日本で暮らしていると知れば誰であっても自分は捨てられたと思うはずだ。
「わたしはシロウを殺すために冬木に来たの。もう容赦はしない。やっちゃえ、バーサーカー」
「───────────!!」
 もはや俺の体は指一本すら動かない状態だった。俺は死を覚悟した。
「………………」
 しかし、バーサーカーの斧剣が振われることはなかった。何十もの剣が体中に突き刺さり、いくら英雄ヘラクレスであれ、一定時間再生不能となるほどの痛手を負っていたのだ。
「どういうこと。バーサーカーが動けなくなるなんて………」
 イリヤは相当動揺しているようだった。その動揺に付け込むようにイリヤの背後から鳴りを潜めていたキャスターが攻撃を放った。
「イリヤ、危ない!!」
 敵にもかかわらず、思わず俺はイリヤに叫び声をあげていた。しかし、無情にもキャスターが放った炎の勢いは止まらず、イリヤを燃やしつくそうと襲いかかる瞬間であった。
 
 …………………………………

 一瞬の出来事だった。セイバーがイリヤを抱え込み左方へと飛び込んだ。キャスターの炎はイリヤを直撃することなく霧散した。
「ランサー!!お願い」
「わかってらあ、嬢ちゃんも小僧に魔力を持っていかれた後で辛いと思うが頼むぜ」
「ええ。このぐらいなら平気よ。遠慮せず全力で放ちなさい!!」
「おうよ。行くぜ」
 ランサーはキャスターに向けて、死の宣告を言い渡す。

「突き穿つ死翔の槍」

 こうして、キャスターが聖杯戦争の最初の脱落者となった。
 
「どうして………」
 イリヤは困惑の表情を浮かべ、やっとのことで言葉を紡いだ。セイバーはイリヤに優しく微笑み返し、返答した。
「イリヤスフィール、キリツグは貴女とアイリスフィールのことを本当に愛していました。あのキリツグが貴女や妻といる際には非常に楽しそうにしていた。そんな彼が貴女達をそんな簡単に裏切れるはずがない。聖杯はアンリ・マユに汚されていた。あのまま聖杯が願望機としての役割を果たしていたのであれば、世界はとっくに滅亡していたことでしょう。それは、貴女の死も意味する。キリツグは私や貴女に恨まれると解っていながら、世界を救うことを選ばざるをえなかった。私が彼の立場であっても同じ選択をしたことでしょう」
 セイバーの言葉を聞き、イリヤはセイバーの胸に顔を伏せた。猶もセイバーは言葉を続ける。
「貴女はキリツグに生かされたのです。ですから、ここで貴女を死なせるわけにはいきません」
「待ってくれ、セイバー。セイバーも親父を知っているのか。それにアイリスフィールって誰なんだ?」
「そういえばシロウにもリンにも私が第四次聖杯戦争を戦っていた頃の話はしていませんでしたね」
 確かにギルガメシュの話からセイバーが第四次聖杯戦争に参加し、宝具の発動によって聖杯を破壊したことは知っていた。しかし、セイバーのマスターが誰であり、どのような経緯で聖杯を破壊するに至ったかは聞いていない。
「セイバー、俺たちにその話、詳しく教えてくれないか」
「ええ。私自身としては不本意な戦いしかできず終わってしまったので心許ないのですが、今のシロウにとっては大変重要な話ですので心して聞いてください」
 

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