夜空には曇雲がたちこめ、漆黒の闇が辺りを包み込む。オフィス街は静寂に支配され、閑散とした路地に冷たい風が吹き抜けている。その一画において、異質な光景が展開されていた。
「ふはははは。よいぞ。よい炎ぞ」
  冬木ビジネスホテルと呼ばれる大きくはないが決して小さくもないビル全体が燃え盛る灼熱の炎に覆われていた。
「さすがでございます。私めもこのように美しい炎はついぞ見たことがありません」
  男が言うように、その光景はまさに圧巻だった。火災現場の空間を切り取り、別の空間に貼りつけたかのようにホテルだけが真っ赤な炎で燦然と輝いていた。芸術と言っても過言ではない程、神々しく美しい、そして人々を魅了してやまない恐怖がそこにはあった。
「今宵の酒と女はさぞ美味かろうぞ」
 そのホテル内部一階のフロントには、豪勢な衣装を纏った男がソファーに座り、その背後に中肉中背の男が控えていた。
「お酒の用意はできております。お持ちしますか」
  ソファーに座る男に、背後の男がそう問いかける。
「まだ良い。それよりもあの女はまだなのか」
「ただいま着替えをさせておりますので、今しばらくお待ちください」
「遅いぞ。直ちに連れて参れ」
「はっ。ただいま」
 慌てて背後の男が化粧室に向かう。そして中に向かって叫んだ。
「遅い。いったい何をしている。陛下がお待ちであるぞ」
 しかし中からはいっこうに返事がない。
「出てこないならば入るぞ。早くしろ」
 すると、控え目に化粧室のドアが開いた。男が強引に女の腕を掴み外へ引きずり出す。
「いやっ。やめて」
「黙れ。小娘が!!付いてこい。陛下がお待ちだ」
「いやだ。やめて」
 猶も抵抗を続ける女に対して、男は空いている手で杖を取り出し女に向って振りかざした。
「An Fang」
 瞬間、女の体はぐったりと倒れこんだ。男は、倒れた彼女を抱えあげソファーに座る男の元へ歩いて行く。
「陛下。お待たせいたしました。女を連れて参りました」
 ソファーの男は、女の肢体を一通り見回すと女に向って言葉を発した。
「なんと美しい。やはり我の眼は確かであったか。素晴らしいぞ。ほれ、我の隣に座らんか」
「やめて。いやだ」
 女は必死に声を張り上げるが、体を動かすことができず、為す術もなくソファーに座らせられる。
「今宵は宴だ。じっくりと愉しむことにしようぞ」
 8組のマスターとサーヴァント達の殺し合いという饗宴が今まさに始まろうとしていた。

 

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