「熾天覆う七つの円環」
  かつてトロイア戦争において、大英雄の投擲を防いだという、七重、皮張りの盾。俺が投影した盾は四枚であるが、不完全ながらもその強度はオリジナルにも劣らない。一枚一枚が古の城壁に匹敵する光り輝く四枚の花弁は、相手の炎弾を無力化させた。
「くっ」
  ネロの攻撃をなんとか回避することに成功した。しかし、今の投影により、俺は魔力の半分以上を消費してしまった。それでも、半分で済んだのは、遠坂の指導があったからこそかもしれない。
「ほぉ。貴様らも少しはやるようだな。では、本気で行くとしようぞ」
  分散していた部屋中の炎が一ヶ所に集約される。その形状は、巨大な球体で、まるで太陽のように厳然と浮遊していた。
「おい坊主、あれを防ぐ自信はあるか?」
  今度放たれる炎弾は先程のものとは比べものにならないほどの威力をもつ。もはや、俺の投影では全く歯が立たない。
「いや、あそこまで大きいと無理だな。でも、手はある」
 ネロは、ホテル全体に結界を張り、空間自体を支配している。いくらネロの攻撃をやり過ごしたところで、ネロの魔力が尽きない限り追撃が止むことはない。さらに、ネロは結界内においては炎を駆使して空間移動魔術を使いこなす。つまり、俺たちの攻撃は相手に届くことはない。それでも、相手に対抗できる切り札が俺たちには残っている。
「俺が固有結界を発動する。そうすれば、ヤツの結界は俺の世界に塗り潰されて、効果をなくすはずだ。その瞬間に、セイバーの宝具で勝負を決める」
  いくら相手の結界が強力であっても、大元のが塗り替えられてしまえば、無力化できる。そうなれば、キャスターを圧倒することができるはずだ。
「それはだめよ。士郎の固有結界は不完全なの。まだ使うには早すぎる。もし無理矢理にでも固有結界を行使すれば、士郎の体が壊れる可能性があるわ」
 前回の聖杯戦争の際には、ギルガメシュに対抗するための最終手段として、俺が固有結界を使用することが認められた。しかし、今回のキャスター戦は俺たちにとっての初戦であり、手の内を見せるには早すぎる。それにこの戦いは、他マスターが監視をしている可能性が高い。俺が固有結界を展開することは非常にリスクが高い。
「確かに遠坂の言うことにも一理ある。それでも今はそんな使う使わないを議論できるほどの余裕はないだろ。やらなければやられる。この戦いは遊びじゃないんだぞ」
「わかってるわよ。それでも今アンタが固有結界を展開すれば、マスターだけでなく協会や聖堂教会が敵になる可能性もあるのよ。いくらなんでも危険すぎるわ。ここは、わたしの持つ宝石でなんとか持ちこたえる。だから三人は、そのまま突破して相手のマスターを始末して」
  マスターを失ったサーヴァントは次の契約者を見つけない限り消滅する。そのため、常人を逸した存在であるサーヴァントを倒すよりも、その契約者であるマスターを叩くほうが遥かに容易である。ゆえに、サーヴァントは狙わずマスターを潰すことが聖杯戦争のセオリーとされてきた。
「いくら遠坂でも、あの炎には太刀打ちできない。それにたとえ遠坂が相手の攻撃を受けきれたとしても、俺はマスターを殺しはしない」
 たとえ敵であっても、人間は絶対に殺さない。偽善だと罵られようが俺はその理想を追い続ける。それが、正義の味方を目指す者として、最低限の義務であると俺は信じている。
「なら士郎は休んでて。セイバー・ランサー、準備はいい?」
「ちょっと待て遠坂!!俺が固有結界を使って活路を見いだすからその………くぁ」
 瞬間、目の前が真っ白になった。体の力が抜け、脱力感が全身を支配する。
「遠坂……なにを……」
 遠坂は俺を一瞥したのち、相手の炎に目線を移した。
「士郎へ供給していた魔力をカットしたわ。それとともに、士郎の体内に循環していた魔力を吸収して、完全に魔力を断ち切ったわ。もうアンタは、動くのも辛いはずよ。わたしたちが決着をつけるから、アンタはそこでおとなしく見ていなさい」
 体を動かそうにも、指一本まともに力が入らない。立っているのが精一杯だった。
「遠坂、おまえは!!くそっ……どうして」
「くははは、どうやら貴様らの覚悟は決まったようだな。茶番は終わりだ。この一発で、終焉とすることにしようぞ」
 真っ赤に燃え上がる巨大な炎弾が、轟音を立てながら俺たちに迫る。遠坂は、宝石を構え、迫る炎の正面に向かう。そして、遠坂が放った宝石は爆音を放ち虹色に爆発したが、炎弾の勢いはいっこうに衰えない。炎は遠坂を飲み込もうとしていた。

 

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