「そんなことがあったのですか」
  何処か釈然としない遠坂に、ずっと違和感を感じていたのだろう。セイバーは納得がいったというような表情をしていた。
「桜が人を突き離すというのは本当に珍しいから、俺たちも困惑してて……」
「あたしにとっても間桐は可愛い後輩だからねえ。放っては置けなくて首を突っ込んだ結果、危うく死にかけた訳ですよ」
  聖杯戦争が始まってしまい、桜の件を最優先にするわけにもいかなくなった。心に突っ掛かりを覚えながらも、生死を懸けた魔術師の戦いに身も心も置くしかなかった。
「……なぁ遠坂、桜に電話してみないか」
「ええ。わたしも同じこと考えてた」
  桜と仲違いをしてから幾分かの時が経過した。今ならお互いに落ち着いて話し合えると思う。
「電話借りるわね」
  遠坂は受話器を取り、ゆっくりとダイヤルを押していった。電話は繋がったようで着信音が流れている。数回の呼び出し音の後、プツという音がした。
「桜?」
  直ぐ様遠坂が問い掛ける。
《……………………》
  電話の先の相手は、返事を返して来ない。
「お願い桜、答えて!」
  遠坂は必死に呼び掛ける。ここで電話を切られたら、次に繋がるのがいつになるか分からない。
《………遠坂先輩、何の用ですか?》
  感情が一切抜け落ちた機械的な桜の声が流れた。
「桜。これから少し話はできないかしら」
《今から寝るところなんですけど、邪魔しないでくれませんか》
  桜とは思えない冷淡な声だ。俺たちが出会った当初のような危うさを感じる。
「お願い、桜」
《聞いてるんで、早く話してくれませんか》
  桜は素っ気なくそう答えた。なんにしても、ここで電話を切られなかっただけでもよかった。遠坂次第では解決の可能性がある。
「あなたが衛宮くんを好きなことは知ってたわ。誰の目から見ても明らかだった」
  気付いてなかったのは俺だけだったんだな。
「最初は衛宮くんを避けていたの。あなたの幸せを願って、衛宮くんとは出会わないように……」
  それにも関わらず聖杯戦争が始まってしまった。そして俺たちは運命的な出会いを果たす。
「何の因果か分からない。わたしの心とは裏腹に、わたしは衛宮くんと出会い、お互いに惹かれ合ってしまった」
  聖杯戦争は俺にとっての転換期だった。止まっていた全ての事象が動きだした。遠坂との出会い、アーチャーとの懈逅、そしてセイバーのマスター権をキャスターに奪われ、正義への信念を懸けてアーチャーと剣を交えた。俺の人生において非常に大きな分岐点であったと思う。その際の俺が取った選択肢に一片の後悔もない。
「わたしが士郎を愛することで、いずれあなたかわたしのどちらかが傷つくことは解ってた。それでも、わたしは士郎が好きになった。そうしたらもう、士郎を諦めるなんてできなくなってた」
  遠坂の後ろ姿は、泣いているようにも笑っているようにも見えた。
「士郎のことが好きだから、わたしは桜と戦うことを決めたの。卑怯かもしれないけど、留学はあなたへの宣戦布告よ」
  本当に遠坂らしい言葉だ。
「始業式の日のわたしは、あなたを傷つけたくないと保身に走ってた。これからは、そんなことはしないわ。あなたには士郎を愛するライバルとして容赦なんかしないわよ」
  遠坂がそう言い終えると、暫くの間沈黙が続いた。

《遠坂先輩が言いたいことは、それだけですか》

  桜の無機的な返答が俺たちの心に深く突き刺さった。
《わたしは遠坂先輩と衛宮先輩はお似合いのカップルだと思いますし、ロンドン留学も素晴らしいことだと思います。もうわたしは先輩の家には行かないので、どうぞわたしのことなんて気にせずに幸せに暮らしてください》
  桜はそれだけの言葉を残して、電話を切ってしまった。

  断続的な電子音だけが部屋の中に響いていた。

 

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