「私のマスターは衛宮切嗣でした。そしてキリツグはアイリスフィール=フォン=アインツべルンの夫、つまりイリアスフィールの実の父だったのです」
「そんな話、親父から聞いたこともないぞ…………」
 ましてや親父の過去の話はほとんど聞いたことがなかった。
「おそらくキリツグが知らせなかったのだと思います。キリツグは実の娘とも会わずに養子のシロウと一緒に生活していることを、シロウに知ってほしくはなかったのでしょう」
 確かにそれは親父らしい配慮といえた。切嗣に実の娘がいることを知れば、当時の俺は負い目を感じ切嗣に対しての態度を改めていたことだろう。
「話を戻します。私はキリツグにドイツのアインツベルン城で召喚されました。しかし、第四次聖杯戦争では、マスターのキリツグではなく妻のアイリスフィールと共に戦場に立ったのです。そのため、キリツグと言葉をかわしたのは二言、三言しかありません。私の彼に対する印象は冷酷な暗殺者というものでした」
「俺が知ってる親父とはだいぶ印象が違うな」
「そうですね。しかしながら、冬木への出発前、キリツグとイリヤスフィールが遊んでいるところを遠目から見ていたことがありまして、そのときの彼の顔は私の彼の印象とは大きくかけ離れたものであったことを覚えています。アイリスフィールは、キリツグのことを『あんまりに優しすぎたせいで世界の残酷さを許せなかった。それに立ち向かおうとして、誰よりも冷酷になろうとした人』と表現していました。正直に言えば、当時の私はアイリスフィールの説明を理解できなかった。しかし、前回の聖杯戦争でのアーチャーの姿を見て、私は納得しました」
 英霊エミヤシロウ。俺が理想を追い求めた末に行き着いた俺の未来の姿。人々の未来を救うために生涯を捧げ、死後は世界の秩序を保つために守護者として世界に使役され続けることを選択した。
「そんな。じゃあ切嗣さんはアーチャーのような人だったというの?」
「はい。ただ違う点と言えば、彼は初めから百を救うためには十の犠牲も厭わないという考え方をしていました。それがあの冬木大火災という悲劇的な結末へとつながってしまったのです」
 いつか親父が俺に一度だけぼやいた言葉がある。
『救われぬモノはかならずある。全てを救うことなどできない。千を得ようとして五百をこぼすなら、百を見捨てて九百を生かしきろう。それが最も優れた手段。つまり理想だ』
 そう親父は口にした。今思えばその言葉は、親父の第四次聖杯戦争そのものを顕していたのかもしれない。
「イリヤスフィールは前回の聖杯戦争途中、ギルガメシュに殺されてしまったので知らないと思いますが、聖杯はアンリ・マユによって汚染されていたのです。もし聖杯が起動していれば、世界は滅びていたかも知れない。切嗣はその事実を知り、聖杯を破壊したのです」
「そんなの嘘よ。夢でお母様が言ってたもん、キリツグはきっと聖杯で願いをかなえてくれるって、わたしに黒い塊が入ってくることはもうないんだって」
「それでは、第四次聖杯戦争の聖杯はアイリスフィールだったのですね。しかし、アイリスフィールはそんなことを…………」
 セイバーの方に目をやると、唇を噛んで悔しそうにしているセイバーの顔があった。

 

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