新都にある弓道用具専門店で買い物を済ませ、家路についたところだ。あたしはよく新都から徒歩で帰る。今日も、歩いて帰っていた。
「しっかし、ビルの合間は暗いよな。夜更けに女の子一人で歩くような場所じゃないね」
  自嘲するしかない。暗いと分かっていても、ここを通ってしまうのだ。あたしの経験上、大通りを通るのと5分程度の差が出てくる。たったその程度の差のために、危険を冒すのは馬鹿馬鹿しいとは思うのだ。それでも、あたしは危険を冒す自分が好きっていう変人なわけで、今日もこうして夜の路地裏を一人で歩いている。
「いかにも出そうな雰囲気じゃん」
  正直、いくら現実的な考え方をして、男のような言動をするあたしでも、怖いものは怖い。霊的な存在に遭遇できるならばしてみたいという好奇心も持ち合わせているため、人より希薄な反応を示すが、あたしだって夜の路地裏を一人で歩けば恐怖感は拭えない。
「こんなときに物音が鳴るのよね」
  ビル風が吹き付ける音、そしてあたしの足音。それ以外は聞こえない。今日も当たり前に、恐怖は杞憂で終わる。そのはずだった。
"ガタッ"
 近くで何かが動いた。しかし、周りには誰もいない。
「まさかな。気のせいだな」
 自分を落ち着かせるためにあたしはそう呟いた。しかし、今までの感覚とは明らかに違う。人の気配がする。
"ガタッ……ガタガタッ"
 耳をすますと、物音は上方から聞こえてくる。あたしは、音がした方向に顔を上げた。
「…………!!」
 信じられない光景が目に飛び込んで来た。紫色の長い髪をした若く美しい女性が、ボディースーツのような身体に密着した服とアイマスクという異様な出で立ちで、蜘蛛のように四つん這いになってビルの壁面に張り付いていた。
「嘘でしょ……」
  それだけでも信じられない光景。加えて、女はあたしの方にジリジリと近づいて来ていた。
「安心してください。私は貴女を殺したりはしません。ただ、生気を少し分けていただくだけですから……」
 女が口を開いた。優しげだが、鋭く不気味な声。あたしは全身を震わせ、身動きができずにいた。
「賢いですね。逃げればその分多く血を吸っていたことでしょうから」
 女はあたしの目前まで迫っていた。抱き合っているほどに接近している。もう密着していると言ってもいい。体が石になったように、あたしは固まっていた。
「私は吸血種ですから、血を吸われている時に快感を感じるだけです」
 そう言って女は、あたしの着ている服を脱がし、あたしは上半身裸の状態になる。そして、女があたしの肩に噛み付いた。つうと流れるあたしの血を、女は吸っている。
「あぁっ……ああああぁぁぁ」
 あたしの頭は真っ白になっていた。快感が電気刺激となって全身を駆け巡る。体が熱い。力が抜ける。まるで自分の意識が体から離れていくようだ。あぁ、気持ちがいい。

 気がついたらあたしは、病院のベッドの上にいた。肩を見るとくっきりと歯形が残っている。あの光景が嘘ではなかったことを物語っていた。

 あたしの平穏は、この瞬間瓦解した。知ってはならぬ世界に足を踏み入れてしまったのだ。
 
 
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