「どうして俺のところに来た?」
 
「貴様に会いに来た訳ではない。たまたま通りかかっただけだ」
 
「俺を殺しに来たわけではないのか」
 
「貴様と凛の契約が解消されたところで、貴様を殺してはならないという令呪の効果は残っている。できることなら、この場で貴様を串刺しにしたいところだがな」
 
「なら、すぐに帰ってくれ」
 
「無論そのつもりだ。だが、その前に貴様に言うことがある」
 
「なにさ」
 
「貴様では世界は救えない。現実は理想を凌駕する。貴様がその理想を捨てない限り、破滅への道を免れることはない」
 
「何が言いたい」
 
「千を救うために百を切り捨てるか、一を救うために百を犠牲にするか。貴様の理想はその程度の妄想だ。理想で世界は救えない」
 
「そんなことはない」
 
「よく考えろ。それでも考えを改めないのであれば、理想を抱いて溺死しろ」




  
 
深紅の外套に身を包む弓兵は、静かに土蔵を後にした。

 
  窓から差し込む月光が土蔵の闇を焼き払い、地面に反射する蒼白の光は、水面で魚がはぜた時の美しい輝きを放っている。
 
  一迅の風が通り過ぎた後の残滓が、形を持って俺の前に姿を現していた。霧散するまでの間、俺はただその姿を目に焼き付け続けた。
 
 
 
  月夜に刺さる一本の矢を、俺は無心で見続けていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
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