「起きろ………衛宮…………起きろ………」
  微睡の中、遥か彼方から、誰かが俺を呼んでいる。
「衛宮……おい…起きろって……」
  次第に近づいてくる声は、どうやら女性のものらしい。
「…衛宮…いい加減にしろよ…」
  女性の声が突如途切れた。俺は嫌な予感がして、重い目蓋を思い切って開いた。
「きゃっ」
「うわっ」
  目を開くと美綴の顔がドアップで映り、美綴は可愛らしい声で驚きながら体勢を崩して俺の上に覆いかぶさってきた。
「ちょっと衛宮、目をいきなり開けないでよ」
「ごめんな……っていうか、美綴こそ何してるのさ?」
  うつ伏せ状態の俺は、美綴にマウントポジションを取られ、手も押さえられて身動きができない状態である。
「何って、目覚めのキスに決まってるだろ」
「決まってないだろ、何考えてるんだよ」
  きょとんとした表情で、美綴はとんでもないことを言い出した。
「何って、あたしに何も言わずにこんなところで寝た報いを受けてもらおうと思ってね。口で言ったところでどうせ衛宮は聞かないだろうから、唇を奪うしかないと考えただけだけど?」
 報いというより、むしろ褒美だろうと言ってしまっては、自分の首を絞めることになりかねない。ここは無難に乗り越えよう。
「昔の記憶がない美綴が、どうして俺が口で言っても聞かないなんてことが分かるのさ?」
 ここで記憶喪失のことを持ち出すのはタブーな気もするが、背に腹は返られない。
「そりゃ、女の勘ってヤツ?」
  俺の切り返しを一刀両断する美綴の何とも恐ろしい言葉に、背筋が凍る思いがした。
「朝起きて隣の部屋を覗いてみたら、いるはずの衛宮がいないと思って慌てて探したわけだ。見つけたのが真冬の土蔵の床のうえ。それも、厚着もしないで座ったまま寝ている衛宮を見て、あたしゃ唖然としたね。そんな格好で寝て良く死なないな、衛宮」
「これでも一応は魔術師だし、これくらいの寒さだったら………」
「あたしをこれ以上怒らせて何か楽しいことでもあるのか、衛宮?」
  恐怖の大魔王は今まさに衛宮邸に降り立ったのだった。
「美綴さん?朝食でもお召し上がりになられますか」
「衛宮、話を逸らそうたって、あたしには無駄だよ」
  あっさりと退路は断たれてしまった。
 
 
 
 
 
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