日は東の空へと沈んで行く。暗くなるに連れて周囲も一気に冷え込み、昼間よりも一層寒さが増している。最早肌に吹き付ける風は痛みを伴うほどである。ましてや、ここ冬木港は海風が吹き荒れており、風を避ける設備も乏しい。
「サーヴァントの気配はどっちだ、セイバー」
「すぐ近くですね。方角までは分かりませんが、敵がいつでも攻撃できる体勢にあるのは間違いないです」
  夕刻の港ということもあり、人の姿は見当たらない。しかし、そこにただならぬ気配が感じられた。殺意を帯びた魔力の芳香。俺たちは危険に満ちた状況下にいる。
「相手の罠かもしれない。慎重に行動しよう。美綴は俺の傍を離れないでくれ」
「分かってる。それにしても凄い殺気だな」
「ええ、隠す様子もありませんね」
  魔力の中心地に着々と近づいている。その方向を見ると、建物の陰に二つの人影があった。
「やぁ。元気そうだね、衛宮」
「慎二!」
  そこにいたのは慎二と、昨日死亡したはずのライダーだった。
「ライダーがなぜ、生きているのです」
「ははっ、馬鹿だね。君たちの誰がライダーの死を確認したんだい?結界を発動して生気を吸ったライダーが簡単に死ぬわけないじゃん」
  昨日の事件以来探していた。ずっと探していた慎二が目の前にいる。
「慎二、なぜ結界を発動させた」
  俺は覚悟を持って慎二に質問した。
「そんなの当たり前じゃん。うざいんだよ。僕を甘く見てさ。ふざけてるわけ?僕が本気になれば衛宮と遠坂なんて敵じゃないことぐらい分かるよね」
  予想通りの慎二の返答に力が一気に抜ける。
「慎二、遠坂がいなくて良かったな。殺されていたかもしれない」
  魔術回路を発動させ、踵に力を込めて慎二を目がけて跳躍する。慎二までの距離は10メートル程度。着地とともに一気に加速した。
「……くっ」
  全力で走る俺の額にライダーの攻撃が擦る。俺は左に体を捻り、体を放り投げる。
「シロウ、ここは私に任せてください。シロウはマスターの下へ」
「ああ、分かってる。セイバー、頼むぞ」
  セイバーは俺とライダーの中間に入り込み、ライダーと対峙していた。
  俺は振り返らず慎二に向かって走りだした。ライダーが執拗に俺を追うことはなかった。
「何をやってるんだライダー!」
  ライダーはセイバーに対峙し、一歩も動かずに緊張状態を保っている。俺は構わず慎二の方へ直進した。
「くそっ……」
  慎二は魔道書に魔術詠唱を唱えて、魔力の波動を放つ。しかし、セイバーとの鍛練をこなしている俺にとって、慎二の攻撃を躱すのは容易だった。最早止まって見える。
「慎二、俺はお前を許さない」
「はっ…お前に何ができるわけ?」
  言葉とは裏腹に慎二の顔に焦りが見える。
「ライダー、戻って来い!」
  俺は振り向きセイバーと目を合わせた。
「そうはさせません、ライダー」
  セイバーの行動は迅速だった。瞬時にライダーの背中に回り込み、正面でライダーの攻撃を受けとめる。剣戟は圧倒的にセイバーが優位である。ライダーは足を止めるしかなかった。
「慎二!」
「ひぃっ……」
  俺は慎二の目前まで迫り、慎二の首を掴んで建物の壁に慎二ごと叩きつけた。
「ぐはっ……」
「慎二、お前は何をしたか分かっているのか」
  慎二の首から手を離し、倒れこんだ慎二を起き上がらせ背中を掴んで慎二を壁に押し付けた。
「自分のサーヴァントに人間の生気を吸わせるのは当たり前のことじゃん」
「当たり前だと。学校に結界を張って生徒全員が瀕死になるまで生気を吸うのを当たり前だというのか」
「そうさ。アイツらが苦しむだけ僕のサーヴァントが強くなるんだ。苦痛に歪むアイツらの顔は見物だったね。特に藤村なんか僕を見て、助けてって叫んじゃってさ。傑作だよ」
  慎二に反省の色はない。慎二への怒りを抑え、俺は慎二に質問を続けた。
「美綴を襲ったのもお前か」
「美綴?ああ、アレも傑作だった。ライダーに吸血させたらさ、恍惚の表情しちゃってさ。喘いでんだぜ。笑っちゃったよ」
  聞いていられなかった。美綴はライダーに襲われ、結界発動の際に学校に来て記憶喪失になった。慎二がライダーに命令しなければ、こんなことにはならなかった。しかし加害者の慎二は、美綴に謝罪するどころかあろうことに美綴を嘲笑している。さすがの俺でも怒りを鎮めることはできなかった。
  拳を振りかぶり慎二の顔面を思い切り殴り付けた。
  その瞬間だった。俺の背後でセイバーと対峙していたライダーが振り返り、美綴の背後に回り、美綴の首筋に小刀の刃を突き付けていた。
「……っ!!」
 不意を突くあまりにも一瞬の出来事で、セイバーですら一歩も動けなかった。 

 

 

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