「そこに座ると話しづらくないか?」
「気にするなよ。嫌だって言うなら衛宮とは話をしない」
 いつも以上に男口調になった美綴は、俺の隣に座ったままテーブルに肘を着いてこちらを見つめている。
「それで、衛宮から切り出すって事は何か策でもあるんじゃないの?」
「いや、ないんだけど……ただ、桜のことが気になる」
 桜と遠坂が血の繋がった姉妹だということ。そして、慎二が口走った契約違反という言葉。最後に、間桐臓硯が桜の令呪を使い切らせてまで桜を連れ帰そうとした理由。
「桜が聖杯だっていうのは本当なのか。ライダー」
「ええ、本当です。サクラは聖杯として機能し始めています。アインツベルンが用意した聖杯の器を凌駕して、サクラは聖杯それ自身になりつつある。そうゾウケンが話しているのを耳にしました」
「じゃあ、遠坂はきっと……「間桐の所に行くだろうね」……」
 美綴が俺の言葉に被せるようにそう言った。
「どうしてそう思うんだ?」
「あんただって、そう考えてるんだろ?」
 俺が困惑していると、美綴は続けて言った。
「遠坂と間桐が赤の他人同士ではないことくらい記憶喪失のあたしでも分かる。そうだろ、衛宮?」
「ああ、遠坂と桜は血の繋がった姉妹だって遠坂が……」
「だったら遠坂が取る行動は一つしかないじゃない」
「ああ、その通りだと思う」
 生粋の魔術師とはいえ、遠坂は感情の無い機械のような人間だとは俺は思わない。遠坂は絶対に桜を見捨てたりはしない。桜を救うために、遠坂は俺たちの元を離れた。そう理解するほうが、俺にとっては自然だった。
「遠坂は必ず間桐邸に現れる。その場に、俺たちも乗り込みたい」
「ですが、シロウ。凛がいつ現れるか分からない」
 セイバーが言うことも確かだった。もしかしたら、既に遠坂が間桐邸に行ってしまった後かもしれない。
「リンは明日の朝方に現れるでしょう。その時間帯であれば、ゾウケンに遭う可能性は少ないですから」
「ライダー、信じていいか」
「間桐臓硯は蟲から形作られた仮初の肉体ですから、太陽の陽射しには弱いのです。リンはそのことを把握しているでしょうから、朝方を狙う可能性は高いかと」
 遠坂は魔術師として鋭い観察力を持っている。俺たちと臓硯の戦いを見ていたのならば、臓硯の正体と弱点に気づくことは容易なのかもしれない。
「分かった。なら、俺たちも朝方に乗り込もう。桜と遠坂を説得する」
「じゃあ、戦いに備えて今日は解散でいいか、衛宮」
「いや、ちょっと待ってくれ美綴。俺は、美綴がどうしてマスターになれたのかどうかを知りたい。美綴には魔術回路はないはずだろ?」
 奇跡と片付けることは簡単だが、俺も一介の魔術師だ。慎二が結局は本当のマスターではなかったことが判明したのに、美綴がマスターになったという矛盾を放置しておくわけにもいかなかった。
「士郎の言う通り、アヤコの体内には魔術回路は存在しません。しかし、私とアヤコの間の魔力供給のパスは正常に働いています」
「なんでさ。それは一体どういう……」
 ライダーの言っていることは、どうも矛盾しているように聞こえる。
「シロウ、それはおそらくアヤコの体内に魔力を蓄積する魔力炉のような機能が働き出したからだと思います」
「セイバー、それは……」
「アヤコには魔術回路は存在しない。しかし、ライダーに吸血されたことで元々霊媒体質であった美綴の魂を刺激し、魂の磨耗を阻止するために飲み込んだ宝石の副作用で体内に魔力を蓄える機能が発動するようになった。そして、サクラが桜が令呪を失ったことで令呪が再分配されることになったのですが、聖杯は何らかの理由でライダーのマスターであったサクラを選ぶことなく、ライダーに吸血されたことで覚醒し、宝石を飲んだ副作用で魔力蓄積機能を発動させるようになったアヤコに目をつけたのではないでしょうか」
「なるほどな。それで美綴は魔術師にはなれなくてもマスターになれる希有な存在となったということか」
「あたしの身体がそんなことにねぇ……そりゃ驚きだわ」
 美綴も暢気なことを言っているが、魔術回路のない人間がマスターになっているというのは異常事態なのだ。それに、美綴の身体からは魔力というものを感じない。普通、魔術師であればどんなに頑張っても魔力は表面に漏れ出てしまうものなのである。しかし、美綴の身体は魔力を蓄積するだけであって魔力の無駄な流出がないのである。そして、ライダーとパスまで繋がってしまったというのだから、美綴は普通の人間でありながらライダーを全面的にバックアップできるマスターとなることができたのである。セイバーに魔力を供給できていない俺にとってみれば、羨ましいにもほどがある。
「話したいことは山積しているけど、今日のところはお開きにしよう。各自明日に向けての準備もあるだろうしさ。あと美綴は、昨日寝てもらった部屋を今日も使ってくれ。ライダーは離れの一室を案内するよ」
「待った、そのことだけど話がある」
 立ち去ろうとする俺の腕を美綴にがっちり掴まれながら、何かいやな予感を感じていた。

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