「ライダー、お前……」
  天馬に乗ったライダーがセイバーを抱えたまま天空を舞っている。
「………………」
  ライダーは臓硯を見据えたまま沈黙していた。
  天空から天馬が俺の前へ降り立つと、ライダーは瀕死のセイバーを俺に預け、臓硯と対峙した。
「貴様のマスターを見捨てるつもりかのう、ライダー」
  ライダーは依然言葉を発しない。
「桜の命は、儂の手中にあることは理解しておろう。それでも尚、儂に歯向かうのであれば容赦はするまい」
  桜と俺たちの間に臓硯が立ちはだかっている。そして、桜の頭上には数匹の蟲が飛び交っている。
「セイバーとそのマスターを殺せ、ライダー」
  臓硯は冷酷にそう言い放った。しかし……
「私はサクラの命令にしか従いません。貴様にサクラは殺せない。聖杯として機能し始めたサクラを貴様がみすみす見逃すはずがない」
 ライダーは臓硯に対し敵意を剥き出しにしている。その背中からは桜を想うライダーの気持ちが、ひしひしと感じられる。
「ふぉふぉふぉ。ライダー、貴様は儂を甘く見ているようじゃのう。儂が聖杯戦争を何度見てきたと思っておるんじゃ」
  臓硯は不敵に笑みを浮かべた。
「桜、最後の令呪を使う時がきたようじゃ。早く済ませて屋敷に戻るぞ」
  臓硯が静かにそう言うと……
「はい、お爺さま」
  桜は小さく頷いた。
 桜は一歩前に出ると顔を上げ、ライダーと対峙する。そして、口を開いた。
「ライダー、幸せになって」
  そうして、桜は最後の令呪を使用した。そのまま桜は臓硯の蟲とともに漆黒の闇へと消えていった。
  桜が令呪を使用したとともに慎二の持っていた魔道書が燃えだした。気づいたときには慎二の姿もない。桜の令呪に、放心状態となったライダーだけが取り残されていた。
「ライダーさん、ライダーさん!」
  美綴が話し掛けても、ライダーは見向きもしなかった。ただ黙って虚空を見つめている。
「ライダーさん、しっかりしてください!」
  美綴がライダーを揺すると、辛うじてライダーが反応した。
「アヤコ……」
 その声は、俺の知るライダーでは考えられないほど、儚く脆かった。ライダーの姿はまるで恐怖に身を震わす少女そのものだった。
「ライダーさん。あたしは記憶を失って間桐のことは覚えていませんけど、間桐は貴女を見捨てたわけではないことぐらい分かります。貴女のことが嫌いなら、最後に『幸せになって』なんて言わない。あたしは間桐を信じてます」
  美綴にとってライダーは、その時の記憶を失っているとはいえ、恐怖の対象であるはずだ。そんなライダーに、美綴は寄り添って支えていた。
「私は、アヤコを襲って生気を奪いました。それに結界を発動させて多くの人間に危害を加えました」
「でも、貴女は誰一人として命を奪っていないでしょう」
  美綴の言っていることは正しい。ライダーは慎二の命令に従って多くの人間の生気を吸収したが、その実、命までは奪っていないのだ。
「ライダーさんのやるべきことはまだ残っているのではないですか」
  美綴の口調はさらに強くなる。美綴はライダーの手を握っていた。
「アヤコ。しかし、マスターを失った今、私の魔力が底をつけば私は消えるしかないのです」
  ライダーのサーヴァントには単独行動のスキルが備わっているため、マスターを失った状態でも魔力が尽きない限りは消えることがない。しかし、魔力がなくなってしまえば消えてしまう。魔力の供給者であるマスターを失ったライダーは、新しいマスターを見つけない限りは、いずれ消えてしまう運命にあるのだ。
「それでも、あたしはライダーさんが………っく!」
  その時、美綴の肩口が急に光りだした。以前、ライダーに吸血され歯形が残っている箇所である。
「美綴……それは……」
  美綴の肩口に現出したもの。
  それは、紛れもなく令呪だった。

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