見渡す限り真っ赤に燃えていた。瓦礫の山が広がり、焼け爛れた死体が周囲に転がっていた。
  地獄と化した世界の中で人々は、一心不乱に助けを求めていた。
  声にならぬ声を必死に絞り出し、唸るように叫んでいた。
  そんな中で、俺は必死に歩いた。

  生き残ろうと思ったわけではない。助かりたいと思ったわけでもない。
  ただ俺は、苦しさから逃れるために必死に歩いた。
  恐怖を忘れるために、前へ前へ歩を進めた。

  目の前で呻きながら倒れていく人たちと同じように、自分も救われることは無い。
  そう諦観していても、体は勝手に動いていた。
  どんなに苦しくても止まることはできなかった。
  倒れるまで歩き続けた。歩を止めぬ俺に対する怨嗟の声を耳に残しながら、変わらぬ景色の中をただ必死に歩き続けた。
 
 
  それが、今の俺に残る最も古い記憶。

  エミヤシロウとしての最古の記憶。
 
 
  たとえ消してしまいたい苦しい記憶であっても、その事実を変えることなどできない。
  十年前の大火災を境に無くなってしまった過去の士郎としての記憶。そして、この日から始まる衛宮士郎としての記憶。
  体だけが生き延びて、心は死んでしまった。
  切嗣に奇跡的に助けられ、切嗣の養子となって士郎の人生はリセットされた。

  それ以前の記憶を思い出したくないわけではない。本当の両親の記憶や当時の大切な記憶が取り戻せるならば取り戻したい。
  しかし、俺はあの日に一度死んで、生まれ変わったのだ。

  記憶喪失にならなければ、今の俺は存在しない。

  衛宮士郎としての生活はなかったかもしれない。

  俺は過去に未練はないし、後悔だってしていない。

  衛宮士郎として生きてきた歴史が俺の全てである。
  かつての記憶を取り戻したところで俺が俺であることには変わりがない。
 
 
  ただ、大切な何かをあの焼け野原に置き去りにしているような気がして、今日の夢はいつもの夢とは後味が異なっていた。

 

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