「衛宮の倅に会うのは初めてじゃの。間桐臓硯じゃ。桜が世話になっておるようじゃが、感謝するぞ」
  間桐臓硯と名乗る老人は、不敵な笑みを浮かべて静かに立っていた。
「早速で悪いが、桜をお主らに預けるわけにもいかなくての。気の毒じゃが、桜のことは諦めてもらうしかないのう」
  臓硯が現れて、桜は黙り込んでしまった。そして、臓硯の放つ不気味な威圧感に、俺とセイバーも身動きが取れずにいる。
「桜、帰るぞ。勿論、勝手な真似をした罰は受けて貰うがの」
  臓硯はそう言うと、俺たちに背を向けて歩き出した。
「……はい、お爺さま」
  桜も臓硯の後を追うように立ち去ろうとする。
「待て、桜!」
  居ても立ってもいられず、俺は大声で桜を呼び止めた。
「……先輩」
「どういうことだ、桜。説明してくれ」
「先輩……ごめんなさい。わたしではお爺さまには逆らえません。共闘の話はなかったことにしてください。できれば、今日わたしと会ったことも忘れてください」
  それだけ言って桜は、再び歩き始めた。
「待ってくれ、桜!まだ、話は終わっていない」
  遠ざかっていく桜の姿を見ていると、ここで桜を引き留めなければ一生桜とは会えなくなるような。そんな予感がした。だから俺は必死に桜を追い掛けた。
  桜の姿が大きく映るほどまで近づいた。そして桜に手を伸ばそうとした。その時だった。
「衛宮、危ない!」
  美綴の声に反応し、俺が頭上を見上げると、一匹の虫が俺を刺し殺そうと目前に迫っていた。
「シロウ!」
  瞬間、俺と虫の間にセイバーが割って入ってきた。
「セイバー!!」
  俺は一歩も動けなかった。俺に向かって一直線に飛来してきた虫は、弾丸のような早さでセイバーに直撃した。ガンという鈍く強烈な音が冬木港に轟く。火花が散った。見れば、鋼鉄のように堅く、先が鋭く尖った虫が、セイバーの鎧を貫き、皮膚に食い込んでいる。煙や火傷や飛び散る血で、セイバーは見るに耐えかねる無惨な状態だった。しかし、俺はセイバーをただ黙って見ていることしかできなかった。何もできなかった。
「シロウ。良かった、無事のようですね」
  致命傷となる傷を負っても尚、セイバーは立ち上がろうとした。そして、自分の心配をする前に、マスターである俺の安否を確かめ、笑顔すら浮かべている。
  何もできない自分が悔しかった。今、感情に任せて臓硯に立ち向かえば相手の思う壺だ。所詮、強化の魔術しか扱えない俺が敵う相手ではない。
「ここは私が対峙します。シロウは絶対に動かないでください」
  俺の軽率な行動の所為で、セイバーは傷ついた。それにも関わらず、立つことさえままならない状態でセイバーは俺を守るために剣を握っている。見ているだけでも辛い光景だった。
「善哉善哉。マスターを守るために自らを犠牲にするとはのう。とどめを刺すのが躊躇われるのう」
  そう言いながらも、臓硯の周囲を飛び回っていた蟲たちが一斉にセイバーの方向に進路を変えて突撃してきた。もう、セイバーは立っているのがやっとで、避け切れる余力も残っていない。
  万事休すかと思われた。その時だった。
  閃光が走った。
  白く眩しい光で一面が覆われる。
  目を開くと、俺とセイバーの前には、天馬に跨り、夜空で光り輝くライダーの姿があった。

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