「動けば、この女の命はなくなりますよ」
  ライダーが美綴を人質に取ったことで、戦況は一転。俺は慎二に再び近付けずにいた。
「なんだよ衛宮、よくも僕の顔を殴ってくれたね」
  先ほどまでの立場は逆転し、俺は身動きをせずにじっとしていた。
「お返しをくれてやるよ」
  そう言って慎二は、俺の顔面を殴り飛ばした。俺はそのまま地面に叩きつけられ、口内は血の味で満たされている。
「不様だね、衛宮。さっきまでの威勢はどうしたんだい?」
  慎二の挑発に耐え、俺は一言も言葉を発さなかった。
「なんとか言えよ」
  そう言って慎二は、地面に横たわる俺の腹に蹴りを入れた。ゴスという鈍い音がする。
「ちょっと魔術が使えてマスターになったからといって、いい気になってるんじゃないよ、衛宮。どうせ僕には勝てないんだからさ」
  二発目の蹴りを放とうと慎二が足を振り上げたその時だった。
「兄さん、やめてください!!」
  ライダーと美綴の背後に桜が立っていた。
「ライダーも美綴先輩を離して!」
  ライダーは美綴から小刀を離し、美綴を解放した。俺は状況が理解できず、ただ桜を見つめていた。
「部屋を出るな言っただろう、桜」
「兄さんが多くの人を傷つけているのを知って、黙っているわけにもいきません」
「マスターの権利は僕に譲ったじゃないか」
  慎二と桜の会話から内容を察するのは容易なことだった。しかし、理解ができない。桜がマスターだなんて……。
「けれど、わたしはこんな戦いを望んでなんていません。どうして兄さんと先輩が戦わなくちゃいけないんですか。もう、誰かが傷つくのを見るのは嫌です。こんな戦い、もう嫌なんです」
  桜はそう言って膝から崩れ落ちた。
「そんなの僕の知ったことじゃないね」
  慎二はそう言って魔道書を開いた。俺はその瞬間に立ち上がり、慎二から魔道書を奪い取る。
「何するんだ!返せ、衛宮!」
「桜、話を続けてくれ」
  慎二への怒りは収まっていない。しかし、今は桜の話を聞かなくてはならない。
「僕は衛宮と話をしているんだ」
「黙れ、慎二!!」
  俺の怒声で場が鎮まる。そして、桜が口を開いた。
「わたしは間桐の家には養子として入りました。ですから、わたしには魔術回路が備わっているんです。聖杯戦争が始まってわたしはライダーを召喚しました。しかし、わたしは聖杯戦争に参加したくなかった。ですから令呪を二つ使用して兄さんがライダーの代理マスターとして機能するようにしたのです。そしてわたしは、ずっと部屋に籠もっていました。怖かった。でも、兄さんが学校に結界を張って生徒たちから生気を集めていたことを知って、わたしはいてもたってもいられなくなって……」
  桜は慎二を、そしてライダーの姿を見た。
「兄さんもライダーも、そんなことをする人じゃないんです。わたしは、誰にも争ってほしくない。聖杯戦争なんて早く終わって欲しい……」
  夜の冬木港は桜を静かに見守る様に、先ほどまで吹き荒んでいた風は止み、穏やかな波の音色だけを伝えている。
  桜はゆっくりと決意の言葉を口にした。
「わたしはセイバーのマスターに、ライダーのマスターとして共闘を申し込みます。もう、誰かが傷つくのは見たくないから……」
「ふざけるな。衛宮と共闘することは遠坂との共闘を意味するんだぞ。僕はともかく、桜が遠坂と接触するのは契約違反じゃないか。それにライダーのマスターは僕だ。僕は、衛宮との共闘を認めない」
 俺はもちろん慎二の反対を聞き入れるつもりはない。しかし、慎二の言葉に気になる表現があった。
「桜、契約違反っていうのは……」
「それは……先輩、詳しい話は先輩の家で話します。それより早くこの場を離れないと……」
「この場を離れぬとどうなるのかの、桜」
  一体何処から現われたのか。歪な容姿をした老人が桜の背後に立っていた。
「……お爺さま」
  いつしか暗闇に覆われ、一本の外灯だけが辺りを照らしている。
  蟲の羽音が一帯に響き、不気味さを助長していた。

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