「理解できたかしら」
  遠坂が分かりやすく聖杯戦争の説明をして、事の経過を掻い摘んで話した。美綴は所々で驚愕の表情を見せるものの、遠坂の話を真剣に、そして冷静に聞いていた。
「大体分かった。つまりあたしは、囚われの姫になったわけだ」
「そうね。それも、記憶喪失というオプションがついて」
  俺たちは、美綴に
聖杯戦争の期間中、俺たちと一緒に過ごすことを強いることになる。美綴は記憶を喪失したため、そのまま家に帰し何もなかったことにするという手段を取ることもできた。しかし、学園で美綴が聖杯戦争を目撃したことをキャスターおよび監視していたマスターたちに知られた可能性が高い。それも、俺たちが美綴を追ったことで美綴が俺たちの弱点となることを握られてしまった恐れもある。美綴を家に帰すことは、あまりにリスクが高すぎる。次に考えられたのは、教会に預けることだが、記憶を喪失した普通人、それも聖杯戦争の目撃者というだけでは、受け入れて貰える可能性は低い。気付かぬ内に家に帰されてしまうことも考えられる。魔術師たちの暗黙のルールを破ってまで美綴を生かし続けるには、俺たちが魔術師から美綴を守り監視し続ける必要があるのだ。まさに、囚
われの姫。最低限、聖杯戦争の期間は俺たちの傍から離れさせるわけにはいかない。
「で、あたしゃこれからどうすればいいの?」
「わたしの家か衛宮くんの家で匿うことになるのだけれど、わたしは家を空けることが多いし、衛宮くんの家の方が都合はいいわね。衛宮くんの家にはセイバーもいるし」
  最近は家に遠坂が来ることも多い。家なら部屋も余っているし、匿う分なら申し分ないだろう。
「なるほど、あたしは今日から衛宮と同棲するわけだ」
「いや美綴、そんな表現をすると泊めづらいんだけど」
「そうなの?さっきから聞いてると衛宮の家にセイバーさんも遠坂もよく泊まってるみたいに聞こえたけど……。あたしの勘違い?」
  しれっと言う美綴。分かってて質問するあたりは、さすが遠坂の友人だと思う。それに遠坂が家に泊まったのは、言峰教会から帰宅すると途中にバーサーカーに襲われた日の一回だけだ。家に泊まっている回数でいえば桜のほうが断然多かったりする。
「分かった。離れの部屋が確か一部屋だけ空いていたから自由に使ってくれ。まぁ、元々そのつもりだったしさ」
「一部屋だけってつまり、本当に泊まってるわけだ……」
  美綴の言う通りなので、黙ることしかできない。桜と藤ねぇに至っては、私物がありすぎていつでも引っ越しできると思う。
「それより大事な話をするわよ。綾子を衛宮くんの家で匿うとなれば、綾子の行動は制限されるわ。わたしたちの監視の下、自由のない生活を送ることになる」
  遠坂の表情が真剣なものになる。話が逸れたことはありがたいが、遠坂は俺と美綴がやり取りしている間もずっと一人別世界を漂っていたので深刻な問題であることは間違いない。
「勿論家族とも会わせることはできないわ。貴女の家族には記憶操作を施して聖杯戦争が終わるまでは、遠くで生活してもらうことになるわね」
  家族と会えなくなる。ただそれだけのことだが、美綴の場合は状況が少し複雑である。記憶を失ってしまった美綴は、家族の顔を知らない状態にある。家族と過ごした記憶も残っていない。にも関わらず、家族と会うことすら許されない。
「遠坂、あたしのことは必要以上に心配しなくていい。記憶を失ったあたしは、今何もない状態だから何が起ころうと受け入れられる。あたしはいいから、あたしの所為で誰かに危険が及ぶことはないようにお願いしたい。あたしからはそれだけよ」
  美綴の心中は複雑なはずだ。しかし、美綴の表情に迷いはなかった。記憶を失ったわけであるから、俺たちが魔術師であることも言葉でしか理解できていないだろう。自身の見に降り掛かる危険も実感できていない。そんな状況下で美綴は俺たちを信頼し、身を委ねてくれている。
「美綴、俺たちについてきてくれるか」
「ええ、勿論。あたしの命はあんたらに託す」
  この瞬間、聖杯戦争を勝ち抜く仲間として美綴が加わった。激動の第五次聖杯戦争が再開する。

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