学園では教会が処理にあたり、事態は穏便に収束した。死者は一人も出なかったそうだ。原因不明の集団中毒として報道されている。
  問題はそれだけではなかった。いや、俺にとってはさらに深刻な問題が目の前で起こっている。美綴が弓道場で倒れたきり目を覚まさない。
「綾子の家に行ってきたわ。魔術を使って少し記憶を操作して、綾子は衛宮くんの家で療養中ということにしてきた」
  少し疲れた表情をして遠坂が帰ってきた。
「綾子に変化はあった?」
「いや、まだ何の反応もないんだ」
  遠坂は小さな声で『まずいわね』と呟いている。
「美綴は大丈夫なのか?」
「わからないわ。恐らく、綾子の魂が磨耗して生気も不足しているのね。宝石を飲ませたから生気は回復するだろうけど、魂の磨耗に関しては何とも言えないわ」
「どうにかならないのか?」
「もうこれ以上わたしにできることは何もないわ。生気を回復させることはできても魂を修復することはできないのよ。魂を扱うなんてそれこそ魔法なの。魂移転魔術で魂を移すとか、見るとかいったことはできても、魂の改変つまり魂自体に手を加えることは魔術では不可能なのよ。だから、今わたしたちにできることは綾子が目を覚ますように祈ることしかないわね」
  聖杯戦争に巻き込まれてしまった美綴は、生気を失い魂を磨耗し、今俺の目の前で目を覚ますことなく眠っている。
「このまま目を覚まさないってこともあるのか?」
「可能性としてはあり得るわ。でも、魂が消えてしまえば生気が回復することはないから、今生気が回復してきている綾子の状態であればすぐに目を覚ますはずよ。ただ……」
「問題があるのか」
「ええ、魂が磨耗しているのであれば綾子が目を覚ましたとしても……」
  遠坂が説明をしている最中、美綴の体が僅かに揺れた。
「美綴!」
  美綴はゆっくりと目を覚まし、起き上がる。
「あたしは……」
  美綴は虚ろな目でこちらを見た。
「弓道場で倒れてずっと意識がなかったんだ」
  焦点の合っていなかった美綴の目に、次第に光が宿って来た。しかし、その気色にどこか違和感を感じる。
「綾子?」
  遠坂が美綴に声をかけた。美綴はゆっくりと辺りを見回し、そして口を開いた。
「アンタらは一体誰なんだ?ここは何処だ?あたしは一体……」
  美綴は呟くような小さな声でそう言ったのだった。

 

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