「士郎、どうしよう」
 一階の教室に駆け付けると、遠坂が一人床に座り込んでいた。
「何があったんだ、遠坂」
  遠坂の表情は青ざめていた。血の気がない感情が抜け切った顔。まるで石のように、生気が感じられない。
「……見られたのよ」
  唇は震え、目からは涙が流れている。こんな遠坂の姿は見たことがない。
「わたしが魔術を使うところを、綾子に見られてしまったわ」
「美綴に魔術行使を目撃されたのか?それって……」
  魔術は秘匿されるべきものだ。さらには現在、聖杯戦争中。目撃者は消去することがセオリーである。俺がランサーに殺されたように……。
「美綴をこちらの世界に引きずり込んだってことじゃないか……」
  普通人と魔術師は本来関わりを極力持とうとしない。しかし、普通人が一度魔術師の世界に足を踏み入れたら最後、死ぬまで抜け出せない。魔術を知る普通人は生涯、魔術を秘匿する足枷を負い、魔術師に命を狙われる恐怖を背負って生きなければならない。
「仕方ないじゃない。綾子がこの場に来るなんて誰も予想できないでしょ?」
  まさか、自宅療養中の美綴がこのタイミングで家を抜け出してまで学園に来るとは思わないだろう。ライダーの結界を発動し、キャスターが使い魔を送り込んで、地獄と化した学園に…。
「ああ。目撃された事実は変わらない。遠坂を責めたところで何も変わらないことは分かっているんだ。それでも、美綴に降り掛かる残酷な運命を思うと、悔しくてならないんだ」
  俺が聖杯戦争に巻き込まれたのとは状況が異なる。美綴は普通人なのだ。魔術から身を守る術も知識もない。羽をもぎ取られた蝶も同然だ。飛ぶ手段がなければ墜ちて死ぬしかない。
「困ったわね。綾子を殺すわけにもいかないし」
「そうだ遠坂、美綴は?」
  遠坂と二人で話し合い悲観に暮れている暇はない。
「何やっているのよわたしは!これじゃ、士郎の時と同じじゃない」
「何のことだ?」
「士郎が気にすることないわよ。それより、綾子を追うわよ」
「分かってる。心当たりはある」
  美綴が悩みを抱えた時に訪れる場所。俺はあいつがそこで悩む姿を何度も見た覚えがある。そんな彼女を俺は影で見守っていたのだから……。

 

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