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どうやら聖さんは、遅刻したことで相当落ち込んでいるようだ。いつも笑顔で明るい聖さんが、下を向いてとぼとぼとついてくる様子に、不謹慎にも私は笑ってしまった。
「ふふっ、もしかして聖さんって今まで遅刻したことがないのではないかしら?」
「……は、はい。不覚にも、こんな大事な日にしてしまいましたが……」
「そんなに落ち込む必要はないわ。むしろ、聖さんと私にとって印象深い日になりそうで、喜んでいるくらいだから」
「それなら安心ですけど……」
そう云って聖さんはやっとこちらを見てくれた。
「聖さん……可愛い」
「茉清さん、私すっごく照れ屋さんなんで、あんまり変なこと云われますと困っちゃいます」
なんとか聖さんも笑顔に戻ってくれたみたいだ。
さて、劇場に到着した。チケットをくれたのが薫子さんなだけに、ちょっと釈然としないが、開き直って大切な友達との時間を楽しみたいと思っている自分に気付いて思わず笑みがこぼれてしまった。
「聖應女学院短期大学演劇部ですか……演目は、『夕陽のあたる教室』みたいですね」
「あら、その話って梶浦先生が書いたと噂の小説ではなかったかしら」
最近学院で噂になっていたので私もその小説を知っていた。実は、駅前で聖さんを待っている間に呼んでいた本も『夕陽のあたる教室』だった。薫子さんが心底感動したらしく、執拗に薦めてくるので仕方なく読み始めたのだけれど、内容が内容だけに無視できない小説だった。実は、既に二順している。
「そうなんですよ。私も先日薫子さんにお薦めしていただきまして、読んだのです。恥ずかしながら私、小説を読み終わって泣いてしまいまして……自分の部屋で読んでいたので良かったですけど、学校で読んでいたらと思うと危ないところでした」
どうやら薫子さんに振り回されたのは私だけではないようだ。
「そう云えば、茉清さんは今日の演目を知らなかったのですか」
「え、ええ。実は、そのチケットは薫子さんが私にくれたものなのよ。今度駅前の劇場で上演されるミュージカルのチケットだから、聖さんと必ず行ってねって無理やり」
「ふふっ、ツテって薫子さんのことだったのですね」
「ええ。しかし、薫子さんはこれのどこがミュージカルだと思ったのかしら」
「薫子さんらしくて可愛らしい間違いじゃありませんか」
「そうね」
今回上演された劇は、主演が周防院奏お姉さまと鷲尾緑お姉さまだった。原作の世界観のままに洗練された脚本で、お姉さま方の迫真の演技も相まって、感動的なフィナーレを迎えた。劇が終わった後、隣の聖さんを見ると、ハンカチで涙を拭っていた。
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「演目を聞いたときに覚悟はしていましたが、感動のあまり涙を流してしまいました。今日の私はいいとこなしですね」
「そんなことはないと思うな。私も心を動かされたから」
「茉清さんもですか?」
劇場からの帰り道、私たちは喫茶店に立ち寄ってお話をしていました。
「ええ。どうも、他人事には思えなくてね」
「あっ……その感覚、わかります。ついつい、私も自分と茉清さんを二人に投影してしまって……」
「……聖さん」
今しがたの自身の発言を思い出して、私の顔は真っ赤に染まってしまいました。
「ひゃうっ……私、何を云ってるのでしょう」
茉清さんの方を見ると、非常に困った顔をしていました。
「嬉しいな。聖さんも私と同じ考えだったみたいで」
ふいに、笑顔で茉清さんが信じられない言葉を私にかけてくださったのです。
「あの、茉清さん?」
気づくと茉清さんは隣の席に座る私の手を握っていました。
「聖さん……本当にありがとう。私の友達になってくれて」
「茉清さん……」
私は茉清さんの手を強く握りかえしました。
「私の方こそ、茉清さんとお友だちになれて嬉しかったのです。ですから、ありがとうございます、茉清さん」
「聖さん……」
茉清さんと目が合って、二人とも笑みがこぼれました。
「これからもずっとずっとお友だちですから」
「ええ。ずっとずっとね」