薫子たちは部屋に荷物を置くと、リビングに向かって歩きだした。
「お姉さま、ごめんなさい」
  薫子が奏に対して申し訳なさそうに言った。
「薫子ちゃんは何も悪いことはありませんよ。むしろ、嫌がる薫子ちゃんを無理矢理ここに連れてきた私が悪いのです。だから、薫子ちゃんは、思う存分私に甘えてもいいのですよ」
  優しい声で奏に語り掛けられ、薫子は思わず涙ぐんだ。奏は続けて言う。
「私も孤児院で育ったので、薫子ちゃんの気持ちが少し分かる気がするのです。広い部屋に一人でいると、人の温もりが感じられずに、世界に一人取り残されているような錯覚に陥る。程度の差はあれ、薫子ちゃんはそんな孤独感を感じているのではないのですか」
  薫子は息を飲んだ。奏は尚も話を続ける。
「薫子ちゃんのお父さまが仕事で稼いだお金を使って大きくした家のように、薫子ちゃんが豪邸と言われる家を嫌だ思う気持ちがあるのも確かだと思います。ですが、薫子ちゃんはそれ以上に孤独が怖いのではないですか。男手一つで薫子ちゃんを育ててこられたお父さまを、近くに感じることのできない家にいることが怖いのではないですか」
「それは………」 
「薫子ちゃんが怖いと思ったのであれば、それは正しいことだと私は思います。以前、薫子ちゃんに話したことがあるかも知れませんが、私は孤児院で孤独になりたくないがために先生方に気に入ってもらえるような振る舞いを意図的にしていたのです。だから私は、一番大切な瑞穂お姉さまにも、私が孤児であることを打ち明けることができなかった。大好きなお姉さまに嫌われたくはなかったから、私は嘘をつき続けてしまったのです」
 薫子は奏から目を逸らすことができなくなっていた。奏はそんな薫子のことを優しい瞳でしっかりと見つめながら、話を続けた。
「ですから、私が孤児だと分かっても、変わらず妹として優しく接してくださるお姉さま方を前にして、私は初めて心の底から涙を流しました。そして、私はお姉さま方との繋がりを確かに感じたのですよ」
  奏は、薫子の前に一歩進むと、振り返って言った。
「薫子ちゃん。寂しいのであれば、私がいます。悩みがあるのであれば、私が相談に乗ります。ですから、私にもっと甘えてください。私は貴女の姉なのですから」
 薫子は、瑞穂の別荘に来たことで一人孤独感を感じていた自分を恥じた。そして薫子は改めて、小さい姉の大きさを実感したのであった。
「やっぱりお姉さまはすごいよ。あたしが今まで悩んでいたことが一瞬にして吹っ切れたような気がする。」
  奏は薫子に微笑んだ。そして薫子にも笑顔が戻った。

 

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