《奏ちゃん?》
 大好きな姉であった瑞穂の声を聞くと瑞穂がまだ寮にいたころの言葉遣いで奏は明るく電話にでた。
「はい、奏なのですよ」
《夏休みのことについて詳しく話したいと思って。今、いいかな?》
「はい、なのですよ」
《僕達は奏ちゃん達がいる間は向こうに泊まるつもりだから、奏ちゃん達の予定が知りたいんだ》
「あのっ、私は夏休み中はずっと大丈夫なのですよ」
 奏は幼い頃に両親を亡くし、孤児院で育ったことを瑞穂は知っていた。そのため、奏の答えはあらかじめ分かっていたし、深く追求もせず、すぐに次の話題へと切り替えた。
《それじゃあ、夏休みが始まったら楓さんが迎えに行くと思うから荷物を纏めておいてね》
「わかりました」
《それで奏ちゃん、他の人の予定は分かる?》
「ちょっと奏には分からないのですよ」
《分かった。じゃあ、後で皆に聞いてみることにするよ。そういえば、薫子ちゃんはどうなったの?》
「手筈通りなのですよ」
 奏がお願いすれば薫子が折れない訳がないという、実に曖昧模糊な作戦ではあったのだが、薫子にとっては最も効果的で確実に弱点を突いたものであった。
《そう、よかった。でもそれだと、僕は今年の夏はずっと女装しなきゃならないのか》
「はやや。そういえば、お姉さまは男の方だったのですよ」
  さっき、薫子を叱らなくて本当に良かったと思う奏なのであった。
《奏ちゃん、まさか僕が男だっていうことを忘れてたの》
「ごめんなさいなのですよ」
  あまりにもあっさりと謝罪されてしまい、瑞穂はただただ電話の前でがっくりとしなだるしかなかった。
「お姉さま。しっかりしてくださいなのですよ。お姉さまは普段から十分お美しいですし、女性の姿の方が違和感がないのですよ」
  全くフォローになっていない。
《容姿のことはもうあきらめているから気にしないでいいよ》
  端穂の方も、聖応女学院でエルダーシスターとして一年間過ごせてしまったこともあり、やたらとあきらめがよかった。
「あの、お姉さま。私も夏休みのことでお願いがあるのですよ」
《なに?》
「実は薫子ちゃんの後輩で仲の良い子が夏休みの間は寮に泊まらせてほしいって言っているそうなのですよ。けれど、私たちはお姉さまの別荘に泊まらせていただくので、その間は寮に誰もいなくなってしまうのです。」
《なるほど。それでその子も別荘に連れていきたいということね。僕は大歓迎だし、きっと他の人も賛成するだろうから、その子にはそう伝えておいてね》
  奏が瑞穂に自分から頼みごとをするのは珍しいことだったので、瑞穂は喜んで返事をした。
「お姉さま、ありがとうございますなのですよ」
《それじゃあ奏ちゃん、その子にも夏休みの予定を聞いて、奏ちゃん達と同じなら荷物を纏めて寮に来てもらうようにしてね》
「はいなのですよ」
《じゃあ、電話切るね》
「失礼しますのですよ」

 

戻る

inserted by FC2 system